「意識はぼんやりしてましたけどだいたい事情はわかってます! さぁさぁっ! 最初にやられたいのはどなたですかっ!?」
御札が斬り刻まれ、服は変質したままでもダメージは全て消え去っているユリーたちが人間側の味方についた。これで人数は5対3。数でも質でも負けていた先ほどからはかなり状況がよくなった。
「どうしましたっ!?ほらっ、じゃんじゃんかかってきてくださいっ!」
「……一人いない」
「ばれましたっ!」
フィアが馬鹿みたいに騒いでいたのはただ単にフィアが馬鹿だからではない。復活直後、この場の全てを見捨てる決断をした人間を隠すためだ。
「やっぱむかつく……!」
次の階層へと続く階段へと駆けるユリーを発見し、イユが天使の翼でこの場に戻そうとする。だが、
「いい。行かせろ」
この場で最もユリーを逃がすわけにはいかない立場にあるミューがそれを制止した。
「……わかってるんですかー? ここで青の悪魔さんを見逃す意味が」
「わかっている。それよりも、まずはこいつらだ」
4対3と依然有利な状況ではあるが、その内三人は使い物にならない。イユは亀甲縛りのままで、フィアとスーラは武器が手元にない。フィアはまだ中級魔法までは使えるが、フライメイルのないスーラに関しては一般人以下。戦力としては数えられない。
「にゃははっ。ちょっとはおもしろくなってきたにゃー!」
そう笑ったニェオの手にはフィアの杖とイユのフライメイルがあった。いまだこのフロアを走っているユリーを無視し、わざわざ武器を取ってきたのだ。
「ほら、返してやるよ。歯ごたえがなくてつまんにゃかったからにゃぁ。ま、おみゃーらは殺さないでやるから安心して戦えよ」
「えっ!?いいんですかっ!?ありがとうございますっ!」
「なにモンスターに感謝してるのよ」
腰からがばっと頭を下げるフィアと何か裏があるのかと疑うスーラだが、武器がないことには始まらないのでありがたく受け取ることにする。
「勇者さんは相性のいい盾持ちのカッパの方に集中してください。ツインテールの子は機動力でキョンシーを拷問具に誘導。フィアさんはイユちゃんと一緒にワーキャットをお願いします」
秘書官の仕事の一つである戦略を即座に立て、イユは三人に指示する。今までサポートに徹していたが、この状況なら勝てる可能性も少なからず存在する。ここは攻めに打ってでるべきだと判断した。
「おいおい、にゃに勝手に決めてんだよ。にゃーは戦う気はにぇーぜ。そこの二体で我慢しにゃ」
不完全な状態で止まってしまった闇魔法を広げなければならないニェオがめんどくさそうにそう吐くが、その考えは次の瞬間消えていた。
「……おいおい。ずいぶんやべぇのがいんじゃねぇか。こんなんがいるんだったら武器にゃんか渡すべきじゃにゃかったかにゃー……」
ニェオが初めて臨戦態勢をとる。その理由は、小さな身体から溢れ出る無限の魔力。
「だから言ったじゃないですか。いいんですか、って」
ニェオの瞳に映っているのは杖を構え、むかつくドヤ顔を見せている少女、フィア・ウィザー。攻撃魔法しか使えないフィアだが、それを知らないモンスターたちからすれば彼女の潜在能力はトーテンのそれに近い。
(いや、ありゃにゃー以上か。まぁあいつほどじゃにぇーけどにゃ)
魔王軍大幹部にそう思わせるほどの潜在能力。だが当の本人はそれよりも大事なことで頭がいっぱいだった。
「トーテンの優しい方。一つ聞いてもいいですか?」
「あ? いいぜ。何でも訊けよ」
何かの時間稼ぎだろうか。なんにせよ特に問題はないと判断し、ニェオはそれに応じる。
「そうですか。ありがとうございます」
ユリーはまた頭を下げ、訊ねる。
「アリア、という名前をご存知ですか?」
その単語に反応したのはミュー以外の全員。特にスーラは冷や汗を垂らすまでに過剰な反応を見せていた。
「知ってるが……だったらどうする?」
その質問はニェオにとっても想定外中の想定外。だがそれ以上に。
「親切にしてもらって悪いのですが、生け捕りにさせてもらいますっ!」
ただでさえ尋常じゃない魔力が跳ね上がり、フィアの顔が狂気の笑みに満ちたことがニェオの感情を揺さぶった。
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