「俺のコレクションを返しやがれぇぇぇぇっ!」
チューバはストロー越しに大きく息を吐き出した。だが単に一息、というわけではない。少しずつ、連続での吐息。それによって生まれるのは風の弾丸だ。フィアから聞いた情報にはなかった攻撃だが、まぁ情報からこれくらいは想定していた。
「スプリングマット」
想定していたということは対策も打ってきたということ。私が召喚したのは巨大なマット。本来であれば盾にするのではなく押し倒された相手の動きを封じるためのものだが、マットは風の弾丸を全て受け止め、
「ぐぁぁぁぁっ!」
勢いを倍にしてチューバへと返した。マットが大きすぎて見えないが、悲鳴と床を擦る音から察するに後方へ大きく吹き飛んだ、という感じだろう。
さーて、どうするか。お互い視界は塞がれている。ここから考えられる相手の出方は、ストローの逆噴射を利用した空中からの攻撃か、さらに威力の高い空気砲でマットの破壊。あるいはストローが伸びてマット横からの攻撃も考えられるし、単純な肉弾戦に打って出る可能性もある。まぁいずれにしても。
「……テレポートゲート」
チューバ後方に繋がるテレポートゲートを設置。これで攻撃にも回避にも私が先手を取れる。向こうもこっちの様子を窺っているようだし、とりあえずはこっち有利か。
うーん、どうしよっかなー。この流れだとフィアたちを待つことになりそう。でもその前に相手の攻撃手段を全部知っておきたいな。まさかが起きるかもしれないし。じゃあ牽制程度に適当に……。
「さっさと出てこいくそ女っ! 貴様には最大限の苦しみを与えてコレクションにしてやるっ!」
怒鳴り声……。本当に頭に血が上っているのか、あるいはブラフか……。どちらにせよ牽制でせいか……。
「その次は霧霞族の馬鹿女だっ! めちゃくちゃにぶっ壊してっ、生きているだけの肉塊にしてっ、一生餌奴隷にしてやるっ!」
前言撤回。ぶん殴る。
「魂の転職――」
私はテレポートゲートを通ってチューバの背後に回り、服を変える。
「――中華衣っ!」
その姿は私が昨日まで着ていたものとほとんど同じ。だが違う点が二つある。
一つは色。私用の青から融合先のヤイナと同じ赤に。そして威力は――!
「――破岩っ!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私の掌底によりチューバの背骨が折れる感触がした。……いや、鱗か。さすがに硬いな。でも10以上用意した攻略法の一つに到達できた。チューバが吹き飛んだことによって。
「ぐごぉぉぉぉっ!」
吹き飛ばされたチューバの身体がスプリングマットに衝突し、跳ね返ってくる。それ自体に大したダメージはないだろう。でも、
「破岩っ!」
「ぐぎゃぁっ!」
再び私の掌底がチューバの背中を砕く。しかも勢いがある分さっきよりも威力倍増し。再びチューバの身体が吹っ飛んでいく。だがまだ鱗を壊すには足りないか。まぁあと五回もあれば余裕かな。
「破岩っ!」
「ぐぼっ!」
「破岩っ!」
「ぐぎゃっ!」
「破岩っ!」
「ぐごぉっ!」
掌底、跳ね返り。掌底、跳ね返り。掌底、跳ね返りを繰り返し、だいぶチューバの身体も終わってきただろう。まだ見た目にそこまでの傷はないが、この技の真髄は内部からの破壊。内臓は既にぼっこぼっこのぐっちゃぐっちゃのはずだ。あと二撃で戦闘不能にまで持ち込めるだろう。
「破岩っ!」
「ぐぼぉぉぉぉっ!」
よし、モロに入った。さぁ、ラスト。スプリングマットに跳ね返って――。
「――え?」
スプリングマットが消えた。跡形もなく、まっさらに、消失した。それだけじゃない。
「なんで――」
私が纏っている衣服もなくなっている。魂の転職が消えたのならまだ理解できる。何らかの手段で魔力を吸われていた場合、魔法によって融合している衣服は消える。だがその場合は元の秘書官服に戻るだろう。
それなのに私の今の姿は完璧な全裸。布一つ残っていない。身体に傷はなく、攻撃を受けたわけではないはずだ。
脳が激しく回転する。なぜ。なぜ。なぜ。なぜこうなっている。
しかし答えが出ない。こんなことが起きるはずがないんだ。たった一つを除いて。
でもこれだってありえないんだ。100年間なかったんだ。それが私がいないたった数日の内に起こるなんて。そんな確率……いや、でも……!
「くそっ……!」
現実から目を背けるわけにはいかない。もう、認めるしかない。私の失態を。
「誰かが××トラップダンジョンを踏破した――!」
ダンジョンマスターの権利が、私から失われた。
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