「なん……だと……!」
信じることができないし、信じるつもりもない。だが言われてみると、その通りに思えてくる。
ブロンドの髪。キレのある瞳。そして何より、勝者の十字架を使えていた。
「本当に貴様が勇者の血を引いているというのか……!」
「だからそう言ってんだろー? ま、記録も全部消されてるだろーし、信じられにぇーのも無理はねぇが」
そしてニェオは語る。100年前の、ユリーが消えた後のことを。
「スライムキャット討伐に一人向かった当時の勇者、ザエフ・L・ヴレイバー。結果は知っての通り、惨敗。命からがら戻ってきた勇者の腹には命が二つ宿っていた」
「一人はにゃーで、もう一人は……思い出せにぇーや。にゃんせ一度も会ったことがにぇーからにゃー」
「生まれつき人間の要素が強かった片割れは勇者として育てられ、モンスターの要素が強かったにゃーは一目がつかない場所で育てられた。捨てられにゃかったのは正統後継者にもしものことがあった場合に備えてかにゃ」
「でもそれも10歳くらいまで。ついににゃーは国を追放された。それからは辛かったぜ。人間にもモンスターにも馴れ合えず、いつも一人。森の中を隠れるように暮らしていた」
「そんにゃある日、魔王軍に拾われた。そして魔王様に力を授けてもらったんだにゃ。寿命のない命と、勇者として、モンスターとしてのポテンシャルを限界以上に引き出す力を。ま、副作用でこんにゃしゃべり方になっちまったし、にゃー自身の本質も変わっちまったが」
「それでも全く後悔してにぇえ。今こうしてトーテンとしての地位を得たし、にゃにより憎くて憎くてたまらにゃい勇者をこうしてぶっ潰せてるんだからにゃあ」
「まー別におみゃー個人に恨みはにぇーが、わかるだろ? にゃんでにゃーが勇者として選ばれにゃかったんだ、っつーどうしようもにゃい怒りが」
「つーわけで、そろそろ終わらせるか」
そう言うや否や、スウナやトラップたちが煙のように消え去った。スライムに包まれているユリーが戦闘不能になったんだ。××トラップダンジョンにいる以上死ぬことはないが、一歩外に出れば即座に死へのカウントダウンが始まるだろう。
「勝者の十字架はもらってくぜ。こいつは勇者の証。これさえあれば、にゃーこそが勇者だ」
「――剣木」
ミューは木の魔法で剣を作り出すが、こんなものが効く相手ではない。それでもやらなければならない。
「全て返せっ!」
「命令してんじゃえねぇよ勇者の出涸らしがぁっ!」
ミューとニェオの剣が交わる寸前。ミューの身体が消え、代わりに魔石弾が出現した。
「遅くなってすいませーん。トーテンの話が始まった時にはいたんですけどー、ちょーっと時間が必要だったんですよー。ねー?」
「ユリーさんを放せ――!」
ニェオから百メートルほど離れた場所。そこには天使の翼で魔石弾と入れ替わったミューと、ヒャドレッドを倒したスーラ、イユ。そしてイユに言われた通りに最大魔法の術式を編み終えたフィアがいた。
(奴の最高速度はフィアさんとのタッグ戦の時に確認済み。この距離なら、相手がこっちに来るよりフィアさんが魔法を撃ち終わる方が速い)
イユの考えは当たっていた。ニェオがこちらに向かってきているが、既にフィアは詠唱を始めている。これで勝っていた。
フィアが普通に魔法を唱え終えていたならば。
「やめて――」
「っ」
ニェオの顔が、変わった。勇者の名残がある姿から、フィアの命の恩人、ユリーのものに。
(フェイク!)
スライムは取り込んでいる最中の人間の姿をとることができるが、死なない以上吸収を行うことはできない。イユが構わず撃てとフィアの身体を触るが、それでも一瞬の躊躇を取り返すことはできなかった。
「むぐぅっ!?」
「やめて……えーと……わりぃ、おみゃーの名前わかんにぇぇや」
一瞬の内に距離を詰め、スライムと化した右腕でフィアの頭を取り込むニェオ。その顔はユリーのものからぐにゅぐにゅと形を変え、ゆっくりとニェオのものに戻っていく。だが変形最中の今、その姿はまさに化物と呼ぶしかなかった。
「おみゃーらがここにいるってことは、キョンとキャバはやられたっつーわけか。ヒャドレッド二体の損失……おみゃーらの命くらい獲らねぇとかっこつかにぇえにゃあ」
「ぐぶっ、おぶっ、むぐっ」
フィアの身体がどんどんスライムに浸食されていく。フィアを失い、勝者の十字架も奪われた今、残りの力ではトーテンを倒すことはできない。だが、
(予測内!)
イユはフィアの最強魔法を使った作戦を立てた時、話してはいないが別の腹案を用意していた。それはフィアがニェオに取り込まれかけた場合、その魔力を魔石弾に吸収させること。だが超級魔法を吸収できる魔石などそうはない。
(酔っ払って気づいたら持ってた時は三日寝込んだけど、買っててよかった一億の魔石弾っ! この純度ならフィアさんの超級魔法も吸い取れる。そしてニェオの懸賞金は四億。余裕でお釣りがくるっ!)
イユはフィアが吸い込まれている様子に愕然としているフリをしながら、フィアの杖の先に魔石弾を当てる。この瞳があれば狙いは外さない。加えて天使の翼によるある程度の軌道修正も可能。この勝負――
「――もらった!」
充分に魔力が溜まったのを確認し、イユが一度距離を取る。そして魔石弾をマスケット銃にそうて……、
「……え?」
しかし魔石弾は、動かしている最中粉々に砕け散った。
イユは知らない。フィアの最大魔法が、超級ではなく王級だということを。超級に耐えられる魔石でも、もう一つ上の魔力を込められれば、最早最低ランクの魔石と同じ。全く役目を果たせず粉へと変わるしかなかった。
(うそでしょだって一億だよ一億一億が一瞬でゴミになるってそんなのギャンブルでもていうか一億あれば色々ほしいものが返ってきていちお……)
「ぐぶぅっ!?」
作戦が失敗したことよりも一億という大金が一瞬で無に帰したことにショックを受けるイユの顔が、ニェオの液状の左腕に取り込まれる。だがこれで両腕が埋まった。
「はぁぁぁぁっ!」
「邪魔だ」
「ぐぁっ」
木刀で斬りかかるミューだったが、軽く蹴り飛ばされてしまう。
「? ? ?」
「おみゃーに興味はねぇ。黙って消えにゃ」
何が起きたかすら理解できていないスーラにゴミを見るかのような視線を向けるニェオ。
「っ、あたしをっ! 舐めっ……!」
「あーあー、そういうのいいんだわ」
ほとんど反射で殴りかかったスーラも、変形したニェオの腹から出たスライムによって取り込まれた。
「さぁ、これで残りはおみゃー一人。おとにゃしく捕まれよ」
「私は一人ではない。貴様の腹の中で他の奴らも戦っている」
「ほーん。ま、にゃんでもいいんだにゃ」
ニェオの身体が完全にスライムとなり、ユリーを取り込んでいた欠片とも合わさっていく。人間四人を身体の中に収めるには人型では不可能。ならば。
「おみゃーらがどうがんばろうが、結果は変わんにぇーんだからよー」
形作られたのは、巨大な獅子。猫系モンスターの到達点である。
「はっ。ずいぶん化物らしくなったな。よくその姿で勇者だなんだと言えたものだ」
ミューは勝者の十字架を拾い、構える。どれだけ仲間が倒れようが、どれだけ敵が強大だろうか、やるべきことは何一つ変わっていない。
(私は必ず目的を果たす。だからお前もがんばれ、ユリー)
――――――――――
「ぐぶっ、うぅ……!」
身体を弄ばれる。体内にスライムが入ってくる。スライム系の捕食法……本で読んだ通りだが、まだ溶かされてはいない。ダンジョン内にまだいるんだ。
「うぅ……」
「ぁ、ぅ……」
「ん、ぅ……」
フィア、イユ、スーラも取り込まれた。しかも意識はほとんどないようだ。今動けるのはミューだけ。だが一人で倒せる相手ではない。まだ意識がはっきりしている私が何とかしないと。
「ぁぐっ、ぅぐっ……!」
作戦はある。いや、作戦とは言えないか。あくまで可能性に過ぎない。
××トラップダンジョン。そしてダンジョンブックの可能性。まだ私にも知らない機能が備わっているかもしれないという希望的観測が残っている。
100年だ。100年しか私はここにいない。このダンジョンはもっと遥か昔からあるというのに。
だったらあるだろ、何か一つくらい。私のまだ知らないことくらい! あって当然なんだっ!
だって私にはまだ知りたいことが山ほどあるんだからっ!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
瞬間、世界は水色の塊から一変し、暗黒の世界に包まれた。そして、
「はじめましてだね、ユリー・セクレタリー」
××トラップダンジョンの最上階に響いていた声を持つ少女が現れた。
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