「あーもう……!」
イライラする。こんな感情ひさしぶりだ。それこそ100年ぶり。ここに来てから何一つ私の思い通りにならないことなんてなかったのに、たった一人の人間との遭遇でこんな気分になるなんて。くそ、くそ!
ノエル様と瓜二つでありながら、それ以上にザエフ様に似ているヴレイバー系の末裔、ミュー・Q・ヴレイバーを始末した私は家には戻らず、少し寄り道することにした。
この気持ちを紛らわせるには知識欲で上書きするしかないと考えた私が行き着いたのは、呪いの器具が大量に保管されている階層。ティラノニワトリを狩る際に使ったカースイヤーなんかが置かれているが、私の目的はこれらの道具じゃない。現在この階層にいる人間だ。
「見つけた……!」
様々な道具に責められて動けない女性たちの中でただ一人、大きく声を上げてもぞもぞと動いている女の子。私は彼女に近づくと、いまだこちらに気づいていない女の子に軽く蹴りを入れる。するとその女の子は力強く身体を起こし、何かを求めるように叫んだ。
「むぐぅぅぅぅっ、うぐぅぅぅぅっ、むぅぅぅぅっ」
「……ステータスグラス」
耳障りな声に余計イラつかされながらも、私は彼女の状態を確認してみることにした。
『フィア・ウィザー――』
ティラノニワトリが生息する階層で出遭い、戦闘にまで発生し、最後にはどこか別の階層まで飛ばした魔法使い、フィア・ウィザー。以前見た基本プロフィールを読み飛ばし、必要な部分だけを確認する。
『HP:962
階層:8
状態異常――』
なるほど。ハイウツボカズラから脱出したフィアは6層目で興奮剤を飲み、7層目でこのフロアで装着したら二度と外せない口枷、カースボールギャグを装着され、再び8層目でこの部屋に来てしまい、縛られたら解けないカースロープで亀甲縛りにされたのか。
しかもこれ、××トラップダンジョンで一番凄惨なルート、おあずけコースじゃん。ダメージこそ受けないものの、以降のトラップでのダメージを倍加させるトラップに複数引っかかっている。こうなった後の探索者の姿は目も当てられない。一気に襲ってくる快感に脳がおかしくなってしまい、自我を失ってしまうんだ。運が悪いのかいいのか……、
「シスタ、お願い」
「神の御心のままに……」
私のことを神と呼ぶこの女性は、メイたちと同じ人型モンスター、シスタ。シスター服と言うらしい黒いワンピースタイプの服を纏ったシスタが縛られたフィアの顔に手をかざすと、本来外れないはずの口枷がするりと落ちていく。シスタの能力は聖なる力による呪いの解除。モンスターなのに聖職者の技を使うなんてと思うが、できるんだから受け入れるしかない。
「私のこと、わかる?」
「はひゃっ、あひっ、あっ、あっ、あぁっ」
私の呼びかけに声にならない声を上げるフィア。口から零れる大量のよだれを気にすることもなく、大きな瞳からは涙を流す彼女には同情を禁じ得ない。まぁ今はそれよりも……。
「むぐぅっ!?」
「きゃんきゃんうるさいんだよ。さっさと元に戻れ」
髪を掴み上げ顔を固定させ、私は大きく開いた口にシスタからもらった状態異常回復薬の瓶を突っ込む。
「どんくらいで治る?」
「全ては神次第。神が望むのならば何物もそれを拒むことは……」
「はいはい、すぐ治るのね。シスタ、クローズ」
私が召喚したモンスターは全て従順だが、私のことを神聖視している分シスタは他の子たちよりもそれが行き過ぎている。ちょっとうざいのでさっさと帰ってもらった。
「ぁ……あ、れ……わたし……?」
「うざいけどすごい有能なんだよね……」
薬を飲ませた十数秒後、ピクピクと痙攣していた身体が急に落ち着きを取り戻し、顔にも正気が戻っている。暴れられても面倒なのでまだ拘束はさせてもらっているけど。
「ぇ……? うごけない……き、っつ……って、えっ!? 青い悪魔っ!?」
「あなたもうざいよね。まぁしょうがないけどさ……」
自分が後ろ手に縛られ、脚もまとめられていて動けないことに気づいたフィアが私の姿を見てさっきまでとはまた別種の大声を上げる。
「まさかあなたが私をこんな目に……!」
「違うよ、助けたの。二回目だよ? ちょっとは感謝してよね」
まぁあれだけ敵視されてたらたとえ助けたとしても感謝なんてされないだろうけど。
「そ、そうだったんですか……ありがとうございます……」
と思ったら意外にも彼女は素直に頭を下げた。
「……あぁ、ロープも解いてほしいのか。悪いけどもうちょっと我慢しててね」
「いえ、あまり意識はありませんでしたが縛られたのはあなたのせいじゃなかったはずですし……何より二回も救っていただいたんです。たとえ青の悪魔だったとしても感謝しかありません……」
「そう真正面から感謝されても困るんだけど……」
さっきから想定外のことが起きすぎだ。少し心を落ち着かせたいけど、今はここに来た理由の方が重要だ。
「その青の悪魔の話、くわしく教えてくれない?」
私がフィアの元に訪れた理由。それがこのことを聞くためだ。
私の予想では、私が青の悪魔と呼ばれていることとザエフ様の仇とされていることはリンクしている。今はそれを確かめたい。
「えーと、伝承なのでうろ覚えですが……」
そしてその予想はだいたい当たっていた。
外の世界では、ザエフ様は当時の秘書官の策略に陥り、決して勝つことのできないスライムキャットと戦ったことになっていた。真実は私が引き止めたものの聞き入れてもらえず、しまいには追放されたというものなのに。
そしてその恐ろしい秘書官はこの××トラップダンジョンに潜んでおり、今も当時の青い制服を纏いながら次の世代の勇者を殺害しようと企んでいる。ということになっているらしい。
「もしかしてこの話、嘘なんですか?」
「××トラップダンジョンにいる以外はね」
まぁ国としては最強の勇者が低級モンスターに挑んで敗北した、だなんて話広めるわけにはいかないよな。その罪をちょうど同時期に消えた私に被せた、か……。かなり合理的。おそらく私が当時秘書官だったとしたら、同じ伝承を残そうとしただろう。
「す、すみませんでしたっ! 嘘だったとも知らず、一方的に殺しにかかるだなんて……! 謝っても謝りたりませんっ!」
「いや、いいよ。フィアからしたら当たり前のことだしね」
とりあえずすっきりしたのでもう一度シスタを召喚し、フィアの拘束を外してあげる。勘違いが発覚したことだしもう襲ってくることはないだろう。
「あの、本当にありがとうございました。殺そうとしたのに二回も助けていただけたなんて……」
「だからいいって。それに助けたのは全部私のためのことだし。それよりあと十二階層、がんばってね」
フィアに二回目の別れを告げると、私はテレポートゲートでジュエルシェルの住処へと戻る。理由は救助のためだ。勘違いがあったとわかったことだし、ミューとも話が通じるかもしれない。
それに一度離れて改めて思った。やっぱり私にはあの一族を傷つけることはできない。それがノエル様に救っていただいた人間としての最低限の責務だ。
「……あれ?」
おかしい。ミューの姿が見えない。ついさっきまでスライムキャットの群れがいた場所は、その全てが幻だったかのようにまっさらになっている。
まさか脱出した? いや、魔法が使えないミューではスライムキャットを倒すことは不可能のはずだ。
「えーと……どこに……」
ダンジョンマスターの力の一つ、ダンジョン内の把握の力を使い、フィアを探し当てた時のようにミューの居場所も探ろうとした瞬間、
「木!」
「なっ!?」
私の身体は、床から生えてきた一本の蔦によって縛り上げられてしまった。
「な……ぁ……!?」
拡張子のない基本術だが、普通の女の子と同等レベルの力しかない私では解くことができない。太い蔦は私の身体を捕まえると、宙に拘束する。
そして私が締め付けに耐えられずもがいていると、魔法を唱えた人間がジュエルシェルの死骸の陰から私の前に姿を見せる。
「な、んで……!」
ありえないことが起きていた。だって勇者の一族は魔法を使えないはずなのに。
「無様だな、青の悪魔」
私を魔法で縛り上げたのは見間違いようがない。
ミュー・Q・ヴレイバーその人だった。
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