「スーラ、危ないから下がってて!」
フィアからの頼みを受け、限界を迎えつつあるスーラを助けるために私は一歩前に出てそう叫ぶ。
「はぁっ!? こんなのあたし一人で十分よっ! それに格闘家のあんたじゃこの群れを倒すのは無理でしょっ!?」
大人らしかったスーラの容姿はもうフィアよりも幼く、ぴっちりとしていた服にだいぶゆとりができている。ただ生意気なだけの女性だと思ってたけど、正体がただの10歳の女の子だと知ったらその欠点がかわいく見えてきた。
「まぁ普通の格闘家じゃ無理だろうね」
格闘家らしい衣装を着てきたのはミスだった。こんな衆人環視の前で戦うなんて想定してなかったんだ。どんな事情があろうとミスはミス。それを起こさないのが優秀な秘書官なのに。でもミスを取り返すのも秘書官の絶対条件だ。どんなことをしてでも。
「でも大丈夫――私は、普通じゃないから。バキュームクリーナー!」
私はダンジョンブックの力を使い、巨大なタンクとそれに繋がったチューブを召喚する。格闘家らしくはないが、モンスターさえ召喚しなければ何とでも言い訳はできる。それに手段を選んでいられるほど余裕のある戦いじゃない。
この程度のスライムの群れを狩ることは別にそう難しいことじゃない。でも依頼内容はスーラを助けること。ただ命を救うだけじゃ、意味がない。
フィアの話を聞く限り、スーラはモンスターを倒すというより、『自分』が住民を助けるということに意識を置いているように感じる。それを無視して倒してしまってはスーラの自責の念を晴らすことはできない。だから私がやるのはあくまでスーラの補助。いいとこは全部譲ってあげる必要がある。だからこその、これだ。
「スイッチオン!」
そう機械に指示すると、小さな駆動音と共にチューブが宙に浮かぶ。そしてバキュームクリーナーは、大きく息を吸った。
「なっ!?」
すぐさま何が起きたか理解したスーラは、低空飛行していた身体を風の魔法を使って高く飛び上がる。本当に逃げない馬鹿じゃなくて助かった。
「全部、吸い込め!」
バキュームクリーナーの機能は、変わらない吸引力。チューブが空気を吸い上げることで先にある物体をタンクに溜めることができるのだ。
吹き飛ばされることには慣れていてもその逆は初めてなスライムたちは為す術もなくチューブの中に吸い込まれていく。そしてどんどんタンクの中に溜まっていき、数分後には坂を埋め尽くしていたスライムはほとんどタンクの中に収まっていた。
「すご……!」
「……スモールバキュームクリーナー、14」
スーラや住民、観光客の視線がタンクに詰まったスライムに集まっていることを確認し、私はわざと取りこぼしたハイマジックスライム分の小さなバキュームクリーナーを召喚する。大半は倒させてもらうが、これくらいは持ち帰らせてもらおう。静かにハイマジックスライムを回収し、××トラップダンジョンに戻す。
「それにしても、さっすが××トラップダンジョン製……」
本来バキュームクリーナーは女の子とモンスターを一緒に閉じ込め、逃げ場をなくすためのトラップ。それに巨大とは言ってもせいぜい建物二階分ほどの大きさしかないので収まり切るか不安だったけど、ゴムのようにしなやかに曲がることで残り全てのスライムを収納していた。
「ユリーさん、ハイマジックスライムは……!」
「わかってる。だからでしょ?」
100年のブランクはあっても、一度聞いたことを忘れるほど私は落ちぶれていない。ハイマジックスライムは集まることで巨大化する。これが私の狙いだ。
「……お、ほんとに合体してる」
この中にいるスライムの半分は普通のマジックスライムだったので不安だったが、進化種同士が通常種を巻き込むようにくっついていき、吸い込んでから35秒で一体の巨大なモンスターに姿を変えた。これが進化種だけだったらもっと早いのか、数が少なかったらタイムは短縮されるかは帰ったら調べよう。
「吐き出して!」
今はこれをスーラに退治させることが最優先。バキュームクリーナーに指示を出し、狭いチューブの中を無理矢理通して外へ出す。
「スーラ! 私が合図したら一気に蹴っ飛ばしてっ!」
「っ。い、言いたくないけどあたしじゃこんな大きいのは……」
「大丈夫、フィアが補助するから! ……アイスポーション」
スーラへの大声の指示に紛れて小声で手のひらに収まる大きさの薬を召喚する。
「ユリーさん、わたしも魔法が効かない以上なにもできな……」
「大丈夫、今なら氷の魔法は効くから。あれ全部凍結させて」
「え、そうなんですかっ!? なら任せてくださいっ!」
よし、フィアが馬鹿で助かった。何も特別なことをしてないんだから急に魔法が効くようになるわけがないのに。
私が頼まれたのはスーラを助けること。でもこれは個人的な望み。フィアだってスーラと同じ気持ちだったんだ。『自分』がみんなを助けたいから、××トラップダンジョンにまでやって来た。
だったらそれも、叶えてあげたい。フィアは大切な友だちなんだから。
「超巨大冱!」
今まで使うことのできなかったフィア本来の魔法に先導する形で私はポーションをスライムに投げ入れる。この薬の効果は触れたものの瞬間冷却。魔法は効かないが、ポーションなら問題はないはずだ。
予想通り瓶がスライムの身体に突き刺さった瞬間スライムの身体に氷が広がっていく。数秒遅いフィアの超広範囲の冷却吹雪が視界を塞いだおかげで誰にも私の行動は映っていないはずだ。ハイマジックスライムは魔法を吸収して自分の力にするようだが、既に凍っている上からなら関係ない。山のようなスライムの身体は一瞬にして氷山へと姿を変えた。
「スーラ! いまっ!」
「……あんたに指示を受けるのは癪だけど……!」
もう動くことのできないハイマジックスライムの上空に浮かぶ小さなスーラの姿がさらに小さくなる。四肢の炎の火力を上げ、さらに高く飛び上がったんだ。
「一応感謝しておいてあげるわっ! ありがとうっ!」
「私は何もしてないけど……あ、」
そっか。空中にいるスーラには私が何をしたか丸わかりだった。……やっぱ私、詰めが甘いな。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
空から猛スピードで落ちてくるスーラの身体が炎に包まれる。ように見えた。重力プラス、自重速度プラス、風魔法の推進力。
「裂空渦旋っ!」
その速度から放たれるただの蹴りは、まるで隕石のようだった。
「っっっっぁ!」
巨大な氷山を貫く一本の矢はその役目を終えた後、私たちの元に滑るように着地する。
そして少し遅れ、砕けた小さな氷の塊が私たち三人を祝福するように降り注いだ。
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