「はぁぁぁぁっ!」
火、水、風の魔石が装填されているガントレットとニーハイブーツのそれぞれ手のひら、足の裏から火を上げ、スーラはマジックスライムの群れに飛び込んでいく。
この武装、フライメイルは扱いが難しく、初級魔法レベルの力でも強すぎてコントロール不能になってしまう。それを補うため事前に魔法陣を描き、詠唱を唱えなくても最低限の魔法が使えるようになっているのだが、それでも100年前は扱える人間は皆無だった。それほどに欠陥品で、武器として使うにはあまりにもお粗末だったのだ。
それなのにスーラは扱えている。火の魔法をブースターにして飛び上がり、風の魔法で速度を上げる。そして、
「烈風渦旋!」
水の魔法を手のひらから出し、上半身を後ろに反らして右脚を突き出す。その速度から放たれる蹴りはスライム程度を蹴散らすには十分な威力があり、彼女が通った後にはまるで巨大な矢が放たれたかのように円形にくり抜かれたスライムが残っていた。
「旋風渦転!」
そこで着地することなく、スーラは右手と右脚のみに風の魔法を出し、高速の横蹴りを繰り出した。着地地点にいたスライムは剣で斬り裂かれたかのように上下に分断さる。それを確認したスーラは水の魔法で回転を止めると瞬時に火の魔法に変え、さらに風の魔法に切り替えさっきの飛び蹴りを別のスライムに放った。
「すごい……!」
その動きに思わず感嘆の声を漏らしてしまう。時速100キロはあろう速度で動きながら状況判断をし、瞬時に魔法を切り替えるだなんて早々できるものじゃない。そして何より、
「なんであれだけ動いて力を抑えられるの……?」
スーラの技は魔法を推進力にした物理技。魔法が効かないマジックスライムの特性を完全に無効化している。だが逆に言えば力を入れて蹴りを放っているんだ。どうしたって力んでしまうだろう。それなのに最低限の威力の魔法をキープしている。驚くべき繊細さだ。
「……違うんですよ、スーラちゃんは」
私と同じく静かにスーラの戦闘を眺めていたと思っていたフィアの顔にわずかな陰ができていることに気づいた。細く開かれている瞳の色は心配しているようにも哀れんでいるようにも見える。
「スーラちゃんは魔法が使えないんです」
そして発せられた言葉に私は愕然とせざるを得ない。
「え、でも使えてるよ?」
「正確には道具の力を借りないと初級魔法も唱えられないと言った方が正しいでしょうか。スーラちゃんの身体が変だってことに気づきませんか?」
そう言われても特に異変は感じられない。ヒットアンドアウェイの戦い方でスライムを順調に駆除し続けるスーラの身体から蒸気が上がっているが、これは霧霞族特有の自身のカロリーを消費して魔力を回復する際に生じる熱気のはずだ。だからこれは霧霞族にとって当たり前のこと……いや……!
「身体が……小さくなっている……?」
わずかではあるが、間違いない。時間が経つにつれスーラの身体が小さく、幼くなっている。でもフィアだってさっきの超上級魔法を使ったことで胸のサイズを三分の二ほどに減らしている。
「あれは普通のカロリー消費とは違います。わたしが大人モードになったことを覚えていますよね?」
「過剰な分の魔力を身体に戻した時のあれでしょ?」
霧霞族はカロリーを魔力の詰まった飴玉のようなマジックボールに変え、不要な分をストックしておくことができる。それを一粒飲むことで増えた分の魔力に見合う身体に成長することになる。その状態のフィアの魔法は、ただでさえとんでもない威力が広大な畑を焼き尽くすまでに跳ね上がる。
「でもそれと何の関係が……」
「スーラちゃんは、ずっとそれなんですよ」
それ? それって……まさか……!
「スーラちゃんは、常に大人モードなんです」
スーラが10歳だということに当初驚いたが、幼げなフィアや若いお母さまを見て霧霞族は見た目と年齢が一致しない一族なんだと思った。
でもそうじゃなかった。ウィザー家の遺伝子がただ幼い顔立ちなだけだったんだ。
「スーラちゃんは生まれつき魔力が少ないんです。ママの魔力を全部吸い取っただなんて言われてましたね。わたしが人より魔力が多い分、スーラちゃんのそれは普通の人間の十分の一以下。大人モードになることでなんとかフライメイルを使えるまでに魔力を上げているんです」
フィアの妹なんだから当然魔力も潤沢なんだろうと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。魔力をセーブしてるんじゃなく、これが精一杯。これでしか戦えないんだ。
「それって大丈夫なの? 大人モードは身体に負荷がかかるって言ってたよね」
「大丈夫なわけがありません。常に全力疾走しているようなもの。本来スーラちゃんは戦える身体じゃないんです」
それなのにスーラは戦っている。馬鹿たちが何も考えず放置し続けていたスライム相手にたった一人、少しずつ元の10歳の身体に戻りながら。
「子どものころ、わたしたち二人は魔法を全く扱えませんでした。わたしは魔力が多すぎて暴発してしまい、スーラちゃんは魔力が少なすぎて魔法にまで至らなかったので。多くの方に迷惑をかけました。モンスターから守ってもらったり、魔法の使い方を教えてもらったり。わたしもスーラちゃんも、住民のみなさんに恩返ししたいんです。命を懸けてでも、身体に負担をかけてでも。だから――」
フィアは馬鹿だ。住民も馬鹿だし、きっとスーラも馬鹿なのだろう。
それでも助けてもらった恩を返すために地獄のトラップダンジョンに挑んだり、身体に無理をしてまで戦っている。もっと効率のいい方法なんていくらでもあるのに。
本当に馬鹿ばっかりだ。しょうがないな。
「――ユリーさん。スーラちゃんを助けてあげてください」
「もちろん。そのために私がいるんだから」
フィアにお願いされたからだけじゃない。
馬鹿を助けるのが頭のいい人間の役目だ。
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