「餌共がぁっ! 調子こいてんじゃねぇぞぉっ!」
チューバが起き上がりストローの先を私たちに突き付ける。だがその身体は既に満身創痍。三対一ではまず勝ち目はないだろう。だから回復を図ってくるはずだ。フィアの魔法を吸収して。
「どうした巨乳女っ! 怖いんだろうっ!? 無様な顔を晒し、一方的に責められるのがっ! 所詮お前ら餌はその程度なんだよっ!」
やっぱり挑発してきた。でもフィアのような馬鹿にはこれが一番効く。
「フィア、挑発に乗っちゃだめだよ」
「え? 今のわたしに言ってたんですか?」
「オッケー、フィア。いつまでもそのままでいて」
よかったー、フィアが予想よりも馬鹿で。ま、挑発に乗ろうが我慢しようが今建てた作戦にはあんまり支障ないんだけど。
「フィア、光線系! 最大火力でっ!」
「ぇ、でも……わかりましたっ!」
チューバに魔法は効かない。それを誰よりもわかっているフィアは私の指示に一瞬戸惑ったが、すぐに頷いてくれた。
光線系魔法の特性は何と言っても持続性。軌道は一直線だが、魔力を止めない限り攻撃は延々と続く。これ以上チューバにとって都合のいい魔法はないだろう。だからこそ、動きは確実に止まる。……ん、んん?
「フィア? なんか魔力すごい溜めてない?」
「? 最大火力って言ったじゃないですか」
「そうなんだけど……そうじゃなくて……」
魔法の威力を高めるためにはチャージ時間がいる。体内から魔力を練り上げ、理想の形に整え、周囲の空間に影響を与えるまでに高めてようやくフル充電だ。たとえば火系魔法だと若干空気が乾くし、電系なら空気がピリつく。これは威力が高ければ高いほど周囲に与える影響が上がっていき、超級炎魔法なら気温が上がり、汗が滲んでくる。
でも今は暑いなんて代物じゃない。陽炎ができてチューバの姿が揺らぎ、石でできた床は熱を帯びて裸足の私を苦しめる。これはもう超級魔法を超えている。つまり、
「王光線炎っ!」
時間稼ぎのためにチューバについた嘘。人間では決して到達できない領域の魔法をフィアは放ってみせた。
「撃てるんかーい……」
「さすがに魔力マックスじゃないと使えませんし、撃ったら子どもモードになっちゃいます。でもこれが今のわたしの最大魔法。どうです? すごいでしょうっ!?」
「もう凄いなんてレベルじゃないけど……」
まいったな、これは完全な誤算だ。でもこの作戦は後戻りができない。このまま何とかするしか……。
「まさか……おぉっ!」
幾重にも重なった魔法陣から放たれた炎の光線は易々と前方のフロアをほとんど埋め尽くす。このダンジョンは××トラップダンジョンとは違って自然のものを作ってできているため、こんな魔法を受けたらたちまち崩れ落ちてしまうだろう。しかしそれは起こらない。なぜならチューバが魔法を吸収しているからだ。
「スーラ、お願いっ」
「任せてっ!」
姿は魔法に隠れて見えないが、ダンジョンが無事なのを見るとチューバは魔法を吸収しているはずだ。つまり完全に無防備。他の攻撃を受けても反撃できない。
その隙にスーラは魔法が届かないダンジョンの端を通り、チューバへと近づいていく。そして魔法の吸収を止めたら即死してしまう状況のチューバへと連続攻撃をしかける。
「この時をずっと待っていたわっ! あんたを思いっきり蹴れるこの時をっ!」
「ごっ!」
スーラの声と言葉を発せられないチューバの短い悲鳴が聞こえてくる。
「あんたが村の近くにいるせいでこっちは散々苦労したのよっ! 魔法が使えないあたしたちは完全に足手まといだったからねっ! ほんっと、息苦しかったわっ!」
「ぐぉっ!」
フィアとスーラにとってこの戦いは過去との離別。チューバを倒すための生活から抜け出すための戦いだ。
「でもあんたがいたおかげであたしたちは強くなれたし、強くなれなくてもいいって知ったっ! その点だけは感謝してあげるわっ!」
「ごぼぉっ!」
フィア一人ではチューバに勝てなかった。おそらくスーラも同じで、私だって結局一人では倒せなかった。でも今ここには三人いる。一人では無理でも、誰かとなら。
「もうあんたの役目は終わりよ! だからっ!」
そう。だから。
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突然現れた声にチューバの顔が動く。スーラとは逆側から近づいてきた私の方に。
いくらスーラが攻撃を与えたとしても王級魔法を吸収した分の回復の方が大きい。だからチューバはスーラの攻撃を甘んじて受け入れていた。だがそれは魔法を吸収できるストローあってのこと。これを取り上げられたら、いくら吸収して威力が弱まっていたとしても王級魔法で完全に焼かれるだろう。
だから私はチューバへと近づき、魔法とスーラに集中して手元が緩くなったチューバからストローを奪い取った。これで完全に終わりだ。
「言ったでしょ? 三人で倒すって」
チューバの敗因。それは私の言葉を聞いていたのにも関わらず、私の存在を忘れていたことだ。そして――。
「ごめん、フィア」
本来ならストローを奪い取った後、すぐにフィアの魔法から逃げる予定だった。超級魔法ならギリギリそれができたはずだった。
でもフィアが使ったのは王級魔法。超級よりも規模は大きく、とてもじゃないけど私じゃ避けられない。
死にたくない。それは今までもずっと思っていたことだが、ここ最近より強く思うようになっていた。
フィアと出会えたから。友だちができたから。友だちを悲しませてしまうから。絶対に死にたくなんてなかった。
でも私の死はフィアやスーラにとって必要なことだ。二人はチューバを倒し、過去を乗り越え、新しい未来を歩いていく。そこに100年前の人間である私の居場所はない。
だからこれでよかっ――。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私の身体が宙に浮いた。いや、宙を飛んでいる。友だちと、一緒に。
「詰めが甘いのよ、あんたはっ!」
「……あはは、だね」
私の命は、死の魔法が近づいてくる中命懸けで反対側にいた私に飛んできたスーラに抱えられることによって救われた。そして、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
唯一あの場に残されたチューバは、全てを焼き尽くす地獄の業火によって消し炭になった。
でも、まだだ。
「ご……おぉ……!」
まだ消し炭。全身は黒焦げて身体の至るところが崩れ去っているが、まだ息はある。
まぁそのためにこの作戦をとったんだけど。
「スーラちゃん、どこにする?」
「決まってるでしょ、お腹よ」
「えー、わたしもそこがよかったのにー! ユリーさんは?」
「鼠径部。ここにチュパカブラの一番大事な臓器が詰まってるから」
「どこですかそこ。うーん、じゃあわたしは口にしますねっ」
スーラが指一本動かせないチューバの身体を持ち上げ、壁に叩きつける。チューバはこうやって冒険者たちを飼い続けてきた。死にかけの冒険者たちを、ギリギリ殺さずに。たぶんチューバにとってこれが一番苦しいと思っていたのだろう。ならそれをしない手はない。
「やめ……ろ……」
ほとんど開いていない目がどこを見ているかは不思議とすぐにわかった。私たち三人が手に持っている物体。戦いの余波で削れた石の破片だ。
破片と言っても小さくはない。まるで釘のように鋭く、一度打ちつけたら外れないものを選んだ。でもさすがにこれじゃ殺しきれないな。しょうがないしょうがない。
「「「せーのっ」」」
その醜い腹に詰め込んだ栄養を全て消費しきるまでは生きててもらうことにしよう。
「ごばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
汚い悲鳴を上げ、チューバの身体が床から離れた場所で固定される。
炭となり、石の破片を打ちつけられたチューバの姿はまるで。
トカゲの丸焼きのようで、とても人間が食べるものじゃないなと思った。
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