「ごめんなさいっ! 最強過ぎて調子乗りましたっ!」
低級モンスターのサワリグサから私を助けるために、パワーアップした状態での最上級魔法で全てを燃やし尽くしたフィアは、家に帰るなり私に土下座してきた。
「いや別にいいんだけどさ……幸い私用農園は無事だったし……」
そんじょそこらの畑よりもよっぽど広い農園エリアのほとんどが壊滅状態に陥ったものの、冒険者に食べられないよう端に作ってある食用農園はなんとか無事。モンスターは無限湧きなので植物モンスターが焼かれても問題はないのだが、100年間品種改良を繰り返したモンスター成分0の野菜はそうもいかないので本当に助かった。
「それにしてもすごいですね、本当に生き返れるなんて」
当然モンスターだけでなく私、それにフィアまで魔法に巻き込まれて痛みも感じることのないまま数十回焼け死んだが、××トラップダンジョンの力で全てが嘘だったかのように復活することができた。私たちはセレクトコスチュームのトラップで元の服に戻れたが、炎に巻き込まれた他の冒険者たちは生き返れたものの全裸のまま。お詫びとして回復させてあげて適当に服も着させてあげたけど、相当な手間だったことは言うまでもない。
「今日は疲れたしそろそろ寝よっか。あ、その前にごはんにする?」
××トラップダンジョンの中では肉体的な疲労を感じることはないが、精神的なものまで防ぐことはできない。一層丸々救助だなんて数年に一度あるかないかの大労働。もうしばらく動く気力もない。
フィアも当然同じ気持ちだと思ったのだが、なぜかジトっとした目で私を見つめている。そっか、フィアはずっと疲れを感じるし、おなかもすくし、寝ないといけない不便な世界にいたんだ。これくらいの疲れは何ともないんだね。まったく。これからずっとここで暮らしてくんだし、早く慣れてくれないと……。
「ユリーさん。わたしの住む村を助けてくれるというお話はどうなりましたか?」
「…………」
「準備が必要と言っていたのでずっと待っていましたが、そろそろ限界です。別に助けてくれないからって責めるつもりはないのですが、それはそれとしてわたしはここを出なければいけないんです。そろそろどちらか決めていただけませんか?」
「…………」
フィアと出会い、ミュー様と出遭い、そして一旦の別れを告げたその日。とりあえず私はフィアを家へと招待した。ミュー様を一刻も早く安全な場所に連れていかなければならなかったし、ミュー様から私を助けてくれたお礼もしたかったからだ。その時私は雑談の中でいわばマストの質問をしていた。
「フィアは何でここに来たの?」
ダンジョンマスターとしては当然気になることだ。100年以上前から誰一人として帰ってきた人のいないダンジョンにいまだ冒険者が絶えないのだから。
「××トラップダンジョンをクリアしたら魔王が如き力を手に入れられるという噂を聞いたんです。今になってみれば少し恥ずかしいのですが、わたしは強いという自信があったので余裕でクリアできると思っていたんですよ。結果は二度も助けられるという始末でしたが」
「まぁ仕方ないよ。どれだけ強くても知識がなければ攻略不可能なダンジョンなんだから。実際フィアは強かったしね」
ミュー様の実力は正直な見立てでノエル様の三分の一程度。混血になってしまったことで剣の力を発揮できないと言っていたのがその全てだろう。それでも並の冒険者には全然負けていない。上の中~下くらいは現時点でもあったはずだ。それにもかかわらず、ダンジョンの力を借りたとはいえフィアはミュー様を圧倒して見せた。その実力は本物だろう。
「でもフィアってそういうタイプなんだね。や、別に悪く言うつもりはないんだけどさ、そういうアイテムに頼らない人だと思ってた」
魔王が如き力。つまり私のトラップとモンスターを操る能力なわけだが、そんなのに頼らなくても全部魔法で倒せばいい、といういっそ清々しいタイプの馬鹿な気がしたんだけど……。
「わたしには二つの使命があるんです。その内の一つがそろそろタイムリミット。もう手段は選んでいられないんです」
そう語るフィアの表情はいつになく真剣そのもの。ソファーにだらけて座っていた私の身体が自然とまっすぐになる。
「そのためにこんな危険なダンジョンに?」
「魔王の力を手に入れるにしても諦めるにしても、わたしの未来には死しかなかったので。だったらわずかな希望を掴みに行くのが普通じゃないですか?」
そしてフィアは自分が置かれている現状を語り出す。
要約するとこうだ。今霧霞族が暮らすミストタウンにはとある危機が訪れているらしい。その危機とは、モンスターの襲来。それが最近活発になってきているらしいのだ。
100年前の話だが、基本的に人が暮らす街や村にモンスターが襲ってくることはない。理由は単純、モンスターが返り討ちに遭うから。
それなのに襲ってくるということは、勝つ算段があるということ。事実日々増えていくモンスターたちに住民は苦しめられているというらしい。
霧霞族は魔力に優れた一族だ。そこから繰り出される魔法は魔王を大いに苦しめたという逸話も残っているし、フィアレベルの魔法使いが十数人いればそれだけで100年前なら王都だって壊滅させられるはずだ。
だが魔法が万能ではないということはこの××トラップダンジョンに暮らす私が一番よくわかっている。数は少ないが、魔法が効かないモンスターは確かに存在するのだ。
つまり、魔法が効かないモンスターがミストタウンを襲っているのだ。付近にあるチュウチュウトラップダンジョンに住処を構え、少しずつ、着実に霧霞族を滅ぼそうとしている。
「わたしが村にいた一年前はなんとか対処できていましたが、限界は必ず来ます。だから魔法に頼らなくても済む力を手に入れに来たのです」
ふーん、そんなことが……。まぁ……そうだなぁ……。
「私が倒してあげよっか?」
一度伸びをし、ソファーに横になってそう言うと、正面のソファーに座っていたフィアが勢いよく立ち上がった。
「えっ!? いいんですかっ!?」
「私の力があれば楽勝だもん。それにフィアに恩を返さなきゃいけないしね」
正直このダンジョンブックさえあればどんなモンスター、どんな人が相手だろうが負ける気がしない。朝飯前とはまさにそのことだ。それくらいの気持ちで言ったのだが、立ち上がったフィアの瞳からは大きな滴が自然と溢れ出していた。
「う……うぅ……。あ、ありがとうございまずぅ……! わたし、なんてお礼すれば……!」
「恩返しだって言ったでしょ? まぁ私に任せておきなよっ」
……と、一週間前に豪語したんだけど……。いや、違うんだよ? 私だってその時は本当に助けようと思ってたし、今もその気持ちは変わっていない。でもそれ以上の気持ちが私の足を引き止めているのだ。
「改めてわたしからお願いさせていただきます。どうかわたしの村を助けてください。ユリーさんだけが頼りなんです」
「…………」
フィアが頭を下げる。深く、深く。私が助けてあげた時よりも真摯な行動だ。胸が痛くて仕方ない。
でも。仕方ないんだ。どうしようもないことなんだよ。
だって……私は――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 外出たくねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
だって私は。100年間一歩も外に出ていない引きこもりなんだから。
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