「この後はどうされるんですか?」
オムライスなるとってもおいしい料理を食べ終わり、極楽の寝心地のヒトダメソファーに寝っ転がっていると、片付けを終えたメイが笑顔で語りかけてきた。
「んー。ほんとは畑の様子見に行こうと思ってたんだけど、おむらいす、っていうやつもっかい食べたいから食材採ってこよっかな」
なんと言っても毛布のような黄色いカバーと、あまじょっぱい赤いソースのハーモニーがたまらなかった。お昼もぜひ同じのを食べたい。
「それなら予定に変更はありませんよ。畑の野菜がちょうどほしいところだったので」
「え? でも玉ねぎとかにんじんは採ってきてあるよ?」
あと入ってたのは……鶏肉と黄色いカバー。でもあの黄色って卵だと思ったんだけど……。
「ケチャップにトマトが必要なんです」
「けちゃっぷ?」
「あの赤いソースのことです。それにお米にもケチャップを混ぜ込んでるんですよ」
へー! あの生で食べると最悪なトマトがおいしいソースになるんだ! やっぱ料理っておもしろいなー。今度メイに教わるのも悪くないかもしれない。
「じゃあトマト採ってから鶏肉と卵採ってくるね。家の掃除はお願い」
「はいっ。いってらっしゃいませ、ご主人さまっ」
満面の笑みに見送られ、私はベッドから立ち上がる。そしてダンジョンブックを開き、トラップを一つ召喚する。
「テレポートゲート」
すると私の隣に大きな魔法陣が現れた。ダンジョンの行き先はランダムで選ばれ、ダンジョンマスターの私であっても目的地に辿り着くことはできない。そこで本来探索者を一層へと強制的に戻らせるテレポートゲートの出番だ。これなら目的地まで一歩で行くことができる。
「いってきまーす」
そう告げた次の瞬間、私の視界が家の中から広大な畑へと変貌する。ここはダンジョンのワンフロア、畑ゾーンだ。元々あった場所だが、私が住み着いたこの100年でだいぶ耕せてもらった。
「トマトトマトっと……言いづらいな」
慎重に地面の上を歩き、私用野菜ゾーンへと歩を進める。なんせ一歩踏み外せば私はヤサイオトシアナにはまり、動けなくなってしまう。ダンジョンブックで召喚したトラップは全て私の支配下となるが、普通に設置されているトラップは依然として有効だ。一瞬気を抜いただけで二度とあの家に帰れなくなる。
「他の料理にもけちゃっぷ、試してみたいからね。とりあえず20個は持っていくか」
無事普通の野菜が植えられている敷地に辿り着いた私は手づかみでトマトを乱獲していく。
「イートカズラ、お願い」
当然この量を一人で持ち運ぶことはできないので、ここはモンスターの協力が必要だ。ダンジョンの外では人を食べて生きている巨大なウツボカズラを召喚して食べてもらう。このモンスターは呑み込んだ獲物を食べごろにする体液を発する。これで多少青くても次に取り出したら真っ赤な新鮮トマトになっているはずだ。
「クローズ……っと」
イートカズラをしまい、腰を軽く叩きながら立ち上がる。一週間ぶりくらいに来たけど、ちょっと人が増えたな……。二……いや、三か? 割とハイペースだ。
当然私が眺めているものはダンジョン攻略中の探索者ではない。
この層で脱落してしまった人間である。
××トラップダンジョンでは人は死なない。よってモンスターやトラップによってHPが0になった場合、永遠にそこに囚われることとなる。
たとえば少し先にいる植物の蔦に拘束されたまま白目を剥いて痙攣している魔法使いらしい服装の少女。おそらくヒトグサが埋まっているところを踏んでしまったのだろう。完全にエネルギーを吸い取られて意識を失っている。
いや、正確には意識を失っているわけではない。限りなくそれに近い状態。たぶん私の姿をギリギリ視認できているはずだ。
これが××トラップダンジョンの嫌らしいところだ。殺さないが、永遠に苦しませる。だから意識を失わせない。よだれを垂らしながらピクピクと動く口は、おそらく助けてと言っているのだろう。
他にも近くにはヤドリヒトの種に寄生され、身体中の穴から植物を生やしている格闘家や、トリコイチゴを食べてしまって脳がおかしくなり地面で痙攣している剣士。地面に逆さまに埋められ、スカートが大きく捲れ上がって下着を露出させられている聖女なんかもいる。
だが私は基本的に彼女たちを助けるつもりはない。理由は大きく分けて三つ。
まずキリがないこと。ダンジョンマスターの力があれば彼女たちを回復させることができるが、このダンジョンには一日平均して五人の探索者がやって来る。全ての人間を助けるとなると、それだけで一日が終わってしまう。悪いけどそんなことに時間をかけるほど私は聖人ではない。
第二の理由は、助けた結果ダンジョンを攻略される可能性があるということ。ダンジョンマスターの権限は上書きされることになっている。つまり誰かが二十層のダンジョンをクリアしたら、私はダンジョンから追い出されてしまうのだ。そうなったら再び挑もうにも新たなダンジョンマスターの邪魔が入り、私が元の地位に返り咲くことはないだろう。
そして最後の理由は、怖いからだ。本来一度入ったらクリアするまで出られないこのダンジョンでも、ダンジョンマスターの力があれば外に出すことができる。でもそれで私の存在が外に知られたらどうなるかわからない。この力を自身のものにするため国を挙げて兵が押し寄せたり、私を潰そうと魔王の手先が襲ってくるかもしれない。少なくともこのスローライフが脅かされるのは想像に難くない。
だから私は助けない。この子たちには悪いが、このダンジョンに足を踏み入れた時点で覚悟はできていたはずだ。
それにもう日常の風景すぎて罪悪感も湧かなくなってきた。このフロアに囚われた憐れな彼女たちは、私にとってこのトマトたちと何も変わらない。モンスターと違って危険のない、ただの『もの』。たいして意識が向かないのだ。
でもこれはあくまで基本の話。私は悪魔じゃない。あくまで人間だ。絶対に助けないってわけじゃない。私の興味が向けば助けてあげることもある。
つまりは私が知らないもの。この100年間で新しく開発された武器や薬を持っていた場合、もらう代わりに体力を回復させてあげることにしている。
やっぱり私の源は知的好奇心だ。この100年で外に出たことはないけど、どういう風に人類が発展していったのかは気になってしまう。
でも残念。見た感じ新しい三人の所持物に目新しいものはない。永遠に放置決定である。
「じゃあ行くかー……」
がっくりしながらもテレポートゲートを召喚し、次の目的地へワープする。
大量の藁に、けたたましい鳴き声。ここは鶏飼育ゾーン。何百羽もの鶏が放たれている。もっとも……。
「さーて。お昼までまだ時間あるし、ちょっとは楽しませてね。ティラノニワトリさん」
この鶏のサイズは十数メートル。建物四階分くらいあるモンスターなんだけど。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!