SIR ―造られた天才たち―

警察庁特殊犯罪対策部特別捜査室
紅太郎
紅太郎

1-4

公開日時: 2020年11月13日(金) 20:03
文字数:4,433

 * * * *


 とあるマンションの地下駐車場。そこに停まる一台の車の中で、女は男へ小さなボトルを手渡した。

「今回の分よ」

 ボトルを受け取った男は、満足げにそれを眺め、鞄に仕舞い込む。

「順調そうだな。だが用心はしろよ? SIRがこの件を追っているらしいからな」

「ええ、わかってるわ。でも大丈夫。もし私が捕まっても、それなりの準備はしているから」

「SIRには、お前の“キョウダイ”もいるんだろ?」

「そうね。だからこそ、最大限の用心をしてるわ」

 男の忠告に、女はそう言い残して車を降りた。そうして長い髪をなびかせながら、彼女は夜の闇に消えていく。男は彼女が見せた不敵な笑みに、どこか危うさのようなものを感じていた。


 * * * *


 日付が変わって、三月十六日、午前二時頃。

 四人は再び捜査室へ戻り、照合、解析の結果を確認する。

「……残念ながら、一致したナンバーはありません」

 すべてとはいかなくても、いくつかの場所では共通するナンバーの車があるかと思っていたが、それも見当たらない。もう一つ司が照合にかけていたのが、地元以外、特に県外のナンバーの車があるかということだったが、そちらも空振りに終わった。

「結局手がかりなしかぁ……」

「……いや、待て」

 解析した車のナンバーのリストを眺めていた映太が、何かに気付いたように、とあるナンバーに印をつけていく。

「あー、なるほど。“わ”ナンバーね」

 ナンバープレートのひらがなの文字は、レンタカーは“わ”で統一されている。当然ながら、数字は一台ごとに異なるため、レンタカーを借りるたびに違う車、違うナンバーになる。そのため、この照合には引っかからなかったのだ。

「これを見ると、一応県内で借りるようにはしているみたいですね。“わ”ナンバーだけリストアップして、それぞれ店舗を特定します」

「あとはその店舗に問い合わせれば、運転免許証のコピーなり、手続書類なりで身元が割り出せるだろう」


 この時間では店舗も営業していないため、この件の調査は明朝へ持ち越しとなった。映太と玲桜は先に部屋へ戻って就寝し、仮眠を取った科乃と店舗の特定を進める司の二人が捜査室に残された。

 司が先ほどリストアップした“わ”ナンバーの車の通過履歴と、これまでに起きた犯行の場所と時刻をリスト化した書類とを見比べながら、科乃は別の紙に何かを書き記していく。

「しぃちゃん、何書いてるんです?」

「んー、犯行時のルートを逆算してるんだよ。それで思ったんだけどさー、被害女性を殺害した時は確かに車で犯人宅へ迎えに行って、事件現場付近で降ろして、それからまた犯人宅へ戻ってる。でも、この犯行後から犯人宅へ戻る時、行きと比べて明らかに時間がかかりすぎてるんだよね。三、四時間くらい。これ、どこか寄ってるんじゃないかな」

「もしかすると、“犯人”の拠点かもしれませんが、さすがにそこまでは調べきれませんね。犯行現場から犯人宅まで三、四時間、それも一度降りて用事を済ませるとすれば一時間以上の差が出ますし、可能性のある範囲としてはかなり広がりますから」

 店舗の特定を終えた司は、その一覧をプリントアウトして科乃へ手渡し、大きく欠伸する。

「私ももう休みますね。しぃちゃんも、無理せずほどほどに」

「ありがとう。おやすみ、ハッチー」

「ええ、おやすみなさい」

 司が奥の居住区へ入るのを見届けて、科乃は司の特定したレンタカーの店舗の一覧を眺める。すると、すぐにあることに気が付いた。

「あー、やっぱりそういうことね……」



 ――三月十六日、午前九時頃。


 気が付くと、科乃は目が眩むようなLEDの白い光に思わず目を細めた。いつの間にか眠ってしまっていたようで、もう綾希子も出勤しており、他の三人も作業を始めているようだった。窓のないこの部屋にいると、時刻の感覚がなくなっていってしまう。普段から仮眠を多く取り、決まった時刻に睡眠を取るということのない科乃には尚更だった。大きく伸びをして起き上がると、向かいに映太が座り、彼女に書類を差し出す。

「おはよう、科乃」

「おはよう……室長」

 まだ目が覚めきっていないのか、重そうな瞼を擦りながら書類を受け取った彼女は、寝起きの長い髪をブラシで梳かしながら、ぼんやりとした頭で一通り目を通していく。

「まず、今朝からレンタカー店に顧客情報の開示請求をかけて、当該期間の該当のナンバーの車の貸出記録を照会した。その結果、やはり各店舗で車を借りていたのは同一人物だとわかった。しかし、運転免許証や身分証にあった住所、連絡先、氏名を住民票と照会してみたが、該当なし。これらは偽造されたものである可能性が高い。生年月日も信頼性に欠ける。だが、身分証にて本人確認を行っているため、顔はこの写真のもので間違いないだろう。今、現在貸出中の車の足取りを追っている」

 運転免許証のコピーを印刷した書類を見て、科乃は満足そうに微笑んだ。そこに映されていた顔写真は、長い黒髪の若い女性。申告している年齢は玲桜と同じで、予想通り、“スクール”出身者の可能性は高いと考えられた。

「それがこれ、常塚つねづか明日翔あすか、女性、二十二歳、ね。思った通り、若い女性かぁ。わたし達、“スクール”の出身者は戸籍もないし、身分証は偽造するしかなかったんだろうね。それで、貸出中の車は二台、だよね?」

「その通りだ。一店目は横浜市港北区菊名、菊名駅前の店舗、二店目は横須賀市追浜町三丁目の店舗。どちらもまだ貸出中で、ドライブレコーダーやGPSは付いていないそうだ」

 この件に関しては、科乃も思うところがあるようで、これはあとで、と書類の束を脇にどけた。

「あとは……ハッチーがお願いしてた傷口の件、凶器は同一のものと見てほぼ間違いないということなのね」

「ああ。形状からして家庭用の包丁ではないかということで、傷口の一致具合から、同じ製品が使用されているのではないかということだ」

「となると、凶器を仕入れているのもこの常塚ってことかな。あ、わたしがお願いしてた件はどうだった?」

 最後の紙を見てみろ、と映太に言われ、紙をめくっていくと、おびただしい情報量のリストが目に入った。

「うわ……すごいね、これ。今度お礼とかしなきゃいけないよ、これは……」

 科乃がそう思うほど、細かく調べ上げられた、被害者たちの経歴、人物像、足取り。今までどこで育ちどんな風に生きてきて、どんなことが好きで、どんなところへ通い、どんな人と関わったのか。科乃にとって、これ以上ないくらい満足のいく情報だった。

「わたし、ちょっとこれ分析するから、しばらく放っておいて」

「わかった。手伝いが必要なら呼んでくれ」

 しばらく、とは言っても、科乃の頭脳を以ってすれば大した時間はかからないだろうと、映太は司と玲桜の様子を見に行く。

「常塚が車を停めました。近くのアパートに入ります。場所は……逗子市池子二丁目十九の四十六です!」

「香村さん、神奈川県警に連絡して、すぐに警察と救急を向かわせてください!」

 映太が綾希子に指示を飛ばした。救急も手配させたのは、万が一手遅れだった際に、被害者を死なせないためだ。もし被害者が生きていれば、重要な証人になるし、犯人でもあるのだから、罪を償わせることもできる。

「は、はいっ!」

「映ちゃん、私も行かせてください。直接現場に行けば、何かわかることがあるかもしれません」

 本来なら煩雑な手続きを経なければ、外出許可は下りない。それも偏に、未知数である彼らを野放しにはできないからだ。しかし、状況が状況だけに、映太は室長として、司の申し出をすぐに了承した。

「わかった。行ってこい。手続きはこちらで済ませておく。屋上から自衛隊横須賀基地までヘリで、現場まではそこから車を出してもらうのが一番早いだろう。手配するから準備をして待っててくれ」

「ありがとうございます」

 映太は直属の上司である刑事局局長、白鷺しらさぎじんに連絡を取り、状況を説明して決済を得る。白鷺も事態の緊急性を鑑みて、ヘリの使用を許可し、自衛隊へも連絡してくれるという。


 司が出てしばらくすると、科乃は突然席を立ち、司のパソコンの前に座る。彼が使っていた街頭監視カメラ解析プログラムを使って、何やら調べ始めた。

「しなのん、何調べてるの?」

「“犯人”の拠点だよ。大体の範囲は絞れたから、後は正確な場所を特定するだけ。特定の場所を通過する時間もわかってるから、そんなに時間かからずにわかると思う」

 科乃が一人で調べていたのは、犯人たちが“犯人”とどこで知り合ったのかと、“犯人”の拠点の場所だった。“犯人”の拠点の場所は、レンタカーの店舗の所在地から目星をつけていた。

「一日に二店舗から車を借りるのは、自分の拠点の場所を特定されにくくするため。恐らく拠点から公共交通機関を使って現場から少し離れた場所まで行き、そこで車を借りて現場付近まで行くと、一度車を停めて別の車を借り、現場まで行った。帰りも同様。その一店目がすべて東急東横線、それに直通の西武池袋線沿線に集中していることから、“犯人”の拠点はその付近であると推測される。あとは犯行時刻と車を借りた時刻から逆算して、各駅の通過時刻を推定し、駅の監視カメラと照合すれば、どの駅で乗り降りしているかがわかる。そこからの足取りを追えば、特定できるってわけ」

 監視カメラというのは意外と様々な場所にあって、駅や大通り、マンションの敷地から大型商業施設、コンビニなどの店舗、タクシーのドライブレコーダーに至るまで、数え上げればキリがない。その一つ一つの映像を繋ぎ合わせていけば、ある程度の区画は常に目が届く状態にあると言っていい。

「よし、捕捉できた。ここからは監視範囲外だけど、そこから先へ出た形跡はない。となると、拠点の場所はこの範囲に絞られるってわけ」

 科乃が地図に印をつけた区画はごく狭い範囲で、張り込みをするにも少人数で事足りるほどだった。

「東京都目黒区自由が丘三丁目の、二から四と、十三から十五の区画……。ここに、明日翔が……」

「あ、やっぱりレオの知り合いだったんだ」

「ええ。アタシのキョウダイよ。同じ心理学系の知識、技術に特化されて育てられた。アタシが出る一年くらい前に廃棄されたって聞いてたけど……」

 “スクール”出身者の彼女らに親と呼べる存在はいない。兄弟姉妹という概念もない。ただ、同じ研究者に預けられた検体を、便宜上“キョウダイ”と呼んでいた。

「室長、警視庁から別動隊を借りられる? 張り込みをしてほしいんだけど」

 科乃と玲桜の一連のやり取りを聞いていた映太は、既に警視庁へ連絡するよう、綾希子へ頼んでいた。

「逮捕状って、取れそう?」

「まだ難しいだろう。証拠が少ないからな。重要参考人として引っ張ってくるか、最悪 任意同行で事情聴取、かな」

 司の向かった先で既に事件が起き、常塚が逃走した後だったとしても、拠点に戻ってきた常塚を確保する算段はついた。まさに盤石の体制で、彼らは事の進みを待つのだった。

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