《金儲けの秘訣》~夢見る客を魅了し、金をむしり取る

絶対的な満足感と幸福感で騙す、完全合法の集客術
水原麻衣
水原麻衣

夢を見させる方法か

公開日時: 2023年11月15日(水) 11:59
文字数:4,812

金儲けの秘訣をおしえてやろう。なぁに簡単さ。人を集めてたっぷり金を使わせて”うわずみ”をかっさらう。これに尽きる。

集客の手口はいくつかある。

どれも基本は客に夢を見させる事だ。そして小さな幸福を大きく錯覚させハッピーな気分で浪費させる。そして満腹を抱えて這う這うの体で帰すのさ。


夢を見させる方法か。そいつは難しい頼みだな。別途料金になるが宜しいか。わかった。特別に伝授してやろう。

釣り針は出来る限り大きい方がいい。餌も豪華絢爛だ。おっと、販売するハッピーとあまりにかけ離れると失望が憎悪に変わる。提供する満足感に見合った原価率を設定し後は演出で粉飾するんだ。ほら、特別なムードとかボリューム感という奴だ。


そして客の夢心地が醒めないうちに追い出す。おっと、来店者の懐事情は正確に把握しておけよ。とにかくハッピーを連発してジャンジャン金を使わせろ。間違ってもケツの毛までむしり取ってやろうと思うなよ。二度と来なくなる。

重要なポイントは何度も足を運ばせることだ。虜にするんだ。

最後に肝心なことを教えてやる。


ズラかるタイミングを誤るな。


■ 投稿サイトZで十億Pを荒稼ぎしたあげく運営が泣き土下座して這う這うの体で日本から逃げ出すまで搾り尽す完全合法マニュアル

「野郎もそろそろ潮時かな」

代わりばえのないランキングリストがノートパソコンごと閉じられた。柱のアンティーク時計が六時を報じるとウッドデッキがモノトーンに統一される。

柵の向こうから吹き込む風は色づいた秋を拭き散らし本のページを駆け足で繰る。

「というか飽和状態のバブルがいつ弾けるやら」

木に鼻をくくったような返事が書架の向こうからした。猫の額より狭い画面で初老の男がぎこちなく揺れ動いている。

彼も”野郎”の一員だ。投稿サイト「小説野郎」は草の根から始まった日本屈指の小説専門サイトだ。誰でも簡単に自作品を掲載できる。もちろん無料だ。

傑作冒険小説《シャインブリンガー・ゴーゴー》の作者でもある彼は趣味の日曜作家に限界を感じていた。

まったく読まれないのだ。もちろんあの手この手で読者を楽しませる努力をしている。時には並み居る強豪の裏をかく奇策も講じる。例えば強力連載陣がこぞって更新する時間帯を避けたり一話あたりの文字数を倍に増やしたり。それでも上位に陣取る人気作品は不動だ。

「まったく。どいつもこいつもハーレムハーレムチートチート。金太郎飴のバーゲンセールだ」

ログハウスの男は賛同した。自身も《ドブネズミ講》という経済スリラー小説を連載している。二人の共通点は小説野郎で首位を取れないルサンチマン。

「読者はつくづく気の毒だよ。あんな低俗なコピペ作品どもに阻まれて真に面白い小説にたどり着けない」

傑作小説の作者が憐れむ。そしてつけくわえた。「野郎なんか潰れちまえばいいんだ」

「俺もそう思うよ。だが野郎は一強だ。スッカスカのヘボ小説が莫大な広告収入を叩き出している」

彼らの不満はここでも一致している。小説野郎の運営会社は不快なバナー――露骨に言えばR18ソフトを読者ページに強制表示することで提携先に誘導する。そして関連グッヅの売り上げをピンハネして更なる利益を生み出す。その金を稼がせてやっているのは投稿作家だ。然るに一銭も寄こさないとは何事か、とまあこういう言い分である。

「そこでいい話がある」

傑作冒険小説家は切り札を出した。

「投稿サイトZ? このコロナ不況の御時世に新規参入かよ!それ何の出オチだ」

男は噴飯した。キャベツやご飯粒で汚れたガラスの向こうに小説野郎のマイページそして更新したばかりのドブネズミ講がある。

作者の名前は泉岳寺ネガ。プロフィールには起業家・ファイナンシャルプランナーとある。肩書の最後が小説家だ。

彼は自費出版ではあるが数々の指南書を著しており代表作は一万部ほど売れている。

こいつはただのバカだと思った。

【作者名】《ドブネズミ講》

【略語】《ゴミ箱》〈お金が入ったら帰ってこなくなる〉

【タイトル】ZZZZZZZZZ

【概要】この小説、『ZZZZZZZZZZZ』というキーワードで読み手を釣ることに成功した。面白い。

【例文】《ZZZZZZZZZZZZZZ》

「このタグが付いていれば誰でも読むことが出来る。だが、このタグはタグと言うより『《ゴミ箱》』である。タグの意味は『汚物が入った場合にゴミ箱へ捨ててもらう事。ゴミ箱へ捨てられない作品』。ゴミ箱がダメなら何でもいいけどゴミ箱の意味が無い。『読者がゴミ箱を使えなくなって困る作品』。読者の評価の評価の評価に評価する作品だ」

「つまりゴミ箱に捨てたら帰ってこない小説ばっかり読まれてって事か?」

「うん? 何のことだい? まさかこいつにはゴミ箱が読めないとでも言わんかの?」

「ああ、そうだ」

泉岳寺は首を傾げた。

【作者名】《ドブネズミ講》

【略語】《ゴミ箱》〈お金がなくなったら捨てられるものに関する文章〉

【タイトル】ZZZZZZZZZZZ

【内容】ZZZZZZZZZZZ(ゴミ箱に捨てられた主人公の名前)

【例文】《ZZZZZZZZZZZZZZ》

「ZZZZZZZZZZZZZの略語は捨てられるものの意味だ」

【例文】《ZZZZZZZZZZZZZ》

「ゴミ箱に入れてもらってから出す作品だ。そうはいっても『ゴミのようなもの』なんて誰もやりたがらないが」

「そうだったな。それはそうだ」

「ゴミと言われるな」

「そんなもったいないものに困るわけないだろ、ゴミと言われることしか意味がない。ゴミ箱に入れられることは『好きにさせられる』ことよりも『捨てられなくなることになる』ことのほうが多い。だから、ゴミ箱に捨てられても嫌がる必要はない」

「なるほどな」

「好きにされたら捨てるくらいはいいだろう。しかし、ゴミ箱に入れられ続けているとゴミとして見られかねん。だから、その意味で、ゴミ箱は『ゴミのような場所』なんて呼ばれているのさ。『捨てられなくなってしまう』という表現で」

「わかった。ゴミ箱が要らないなら取り出す必要がないと言うことか」

俺は頷いた。確かにゴミ箱に捨てられているときの話だ。

「その通りだ。ゴミ箱という箱はゴミになっても困らない。捨てられないのではない、捨てられなくなる」

「ふむ、わかった。ゴミ箱を取り出せばいいのか。ゴミ箱を取り出すのは大変だから取り出しちゃいけないということか」

「そういうことだ。ゴミ箱を取り出すことが出来れば便利だ。だから、何かないかと思ったら、そういうお話があるんじゃないかと思ったの。ゴミを取り出すゴミ箱をゴミ箱って呼ばないとか、どう思う。ゴミを取り出してもいいゴミ箱をゴミ箱って呼ばないとか、そういうものを用意してくれないだろうか」

「そうかもしれん」

俺は、ゴミ箱の中にゴミしか入ってないものを用意しておけばよいのだ。ゴミ箱なんだよね、ゴミ箱。俺は思った。

「それでは、何かないかな」

「そうだな。『捨てられるもの』と言ったが、それは私が勝手に決めたものではないと私は言える。ゴミ箱というものはゴミを入れれば捨てられるような場所で、ゴミを入れればゴミは取り出されるものなんではない。ゴミの袋という袋にゴミを入れられれば、それで、ゴミというものはできあがっていると言える」

「私が本当にゴミを取り出せるのかどうかなど、私からは何の確証もないままだというのなら、私に何を聞くわけでもなさそうだな。それで、君はどうやってゴミを取り出すか、と聞いているんだよ」

「まず、そ

「……で、何が『俺は』だ。ただのバカだろ」

「そうか? 面白いのは良いことだが」

「違う! お前は絶対俺より面白くなる! 読者は俺をバカだと思うだろうよ!」

「俺に言われたって嬉しくないよ。お前って本当に腐ってるなあ……」

「お前こそ本当に腐ってるな。そんなだらしないのはどうも止めてやってくれ、と言いたい」

「お前……ほんっとに腐ってるんだよ」

彼らはそうやって漫才を繰り広げた。

「それで俺が選んだのが〈お前と〉だ」

「何だそれ?」

「俺のマイページに貼ってある。今や俺が書いた作品と比べて酷評されてうんざりする。だからがんばれ、もっと書け!」

「なんで自分のマイページに『俺が』貼ってあるんだよ。俺はそんなの見てるか?」

「見てるよ。それだけ見ていれば十分だろ。……いや、それはそれで構うか」

「……なあ、こいつは本当の地獄を知っているのか?」

「知っているよ。……だけどなんだ?」

「何だこいつ……めちゃくちゃ怖い話が書いてあるじゃん。誰にだってあるだろ、こんな」

「何か怖い話を書いたのか」

「その通り。何で怖い話なんだ? 本当に怖い話なら俺が小説を書こうと思うような人だろうよ。だってお前、読者は誰にも文句言わずに生き残れるっていうのに」

「お前の書いてるのは創作じゃない」

「それはどうかな。やっぱお前は腐ってるんだから自分の作品を読み合っても意味ないぜ。このサイトも最初からそうなのか? お前だけが悪い。誰にも不満はないってことだろう。作家ってのはそういうモンなんだよ」

「……お前は自分のこと嫌ってるってわかってんだよな。だってまるで自分が作家じゃないみたいに言いやがって。俺は自分の小説が愛せないんだ」

「だからそれがどういうことかわかっていないなら俺は『小説家』じゃないって話だ」

「おいおい、冗談じゃないぞ。俺は生きていてお前にそう言われるのが嬉しくてな。自分の人生には興味がないんだ。だから勝手にお前のお節介に付き合ってやるよ。お前に認められて嬉しいよ」

「馬鹿野郎。お前のそういう部分は好きだぜ。だから俺に頼んでいいのか?」

「好きにしろ。で、どうするんだ?」

「……よし、やろう。やっぱり自分の書いているのは作家じゃないとな」

「あー……ありがとよう。お前が言うならそういうことにしとくか。でも、本当に何にもしないさ。俺は俺の作品を世界に発信してやるだけだ。俺は俺の人生をやるから」

「世界に発信するね。いいだろう。それで俺には一つだけ望みがあるんだ。作家でもなんかやってくれ」

「ああ?」

「お前は本当に作家になったことを誰にも知らせたくないらしいな。だから内緒だがお前にも作家をやって欲しい。俺の出版した雑誌に載せてもらう。この出版社は俺が自分の出版した雑誌の読者向けに作品を紹介しているのだ。もちろんお前が自分の好きにできるほどの作品だ」

「それは別にいいけど、なんでそこに俺が載せられるんだよ」

「勿論、俺が作家になりたがっているからだよ。だから紹介してやる。世界に発信しようぜ。お前に作家になって欲しいんだ。お前はまだ俺が作家になりたがらないことを理解しているだろう。だって作家に求められているのはお前の人生の生き方なんだからな、俺は。誰にも文句を言わず生き抜いたお前がそう言うなんて驚いたぜ。作家ってのはそういう生き方なんだ。だからこの仕事はお前の人生と俺の生き様を見守ってくれることになる。ただ俺はお前の才能を認めない。認めてはいけない。俺は作家になって誰もいらない人を出すのを望まない。お前が誰を書こうがかまうことなんてない、誰も書かねえさ。だってそ


うだろ? 作家は誰にも文句を言わせずに作家になる権利があるんだからな。俺はお前の生き様を見守ってやるよ」「……俺はまだ作家になってもいないからな。何を書こうが作家のままだ」そして俺は一つ提案をする。今までは自分が作家になったところで俺は喜びに浸る時間などなかった。俺を認める者はたった一人しかいないが俺にはそれは必要ない。俺には俺が生きることが重要だった。作家は誰にも文句を言いません。作家はお互いに認め合い生きていく道があります。そしてまさか俺が作家になって誰にも文句を言われることなどないと俺は信じる」「……お前はそういう人だから俺の心の支えだ。本当にありがとう」「いいってことよ」少し離れた席の奴が俺の方を向いて手を振っていた。



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