「どうされました?」
「いえ別に」
舞人は玄信の視線を避けるように棚の品々を見る。
外国の書物にめがね、ポートワインに望遠鏡、自鳴鏡。
他にもいくつか、舞人も名の知らぬ物があった。
「……おや、おかしいですね? 確か、十三品あったと思うのですが?」
「ああ、それは……」
玄信は言いにくそうに視線を泳がせる。
「村の資金にしました」
「え?」
「こんなわしらを受け入れてくれた村じゃ。そのためなら、よろこんで差し出せますわ。
ただ……この辺じゃ換金もろくにできませんで。だいぶ前に来てくれた旅の商人が価値を知っていて高く買い取ってくれたのが最初で最後ですわ」
玄信が湯呑みを二つ持ってきた。そのうちの一つ、ひびの入っていない綺麗な方を舞人の前に置く。
「ところで、どうですか? 舞を広めると仰ってましたがその後は?」
「ええ、順調です。思っていたより興味をお持ちの方が多くて、嬉しい限りですよ」
どっしりと座り込んだ玄信が茶をすする。
「そうですか。ウチのせがれもあなたほど行動力があればええんですがねー……」
舞人も湯呑みに口をつける。が、あまりの熱さに舌を火傷した。しかも、お茶の味はほとんどしない。
「清恒殿は、今は何をされているのですか?」
玄信は掌をひらひらと振って苦笑いする。
「なーんもしとりません。飯食う時も鼻ちょうちん作りよりますし、日がな一日どこでも寝てばっかで、村の衆からは『寝太郎』なんぞと呼ばれちょるんですわ」
「寝太郎、ですか」
「もうかれこれ三年と三月は寝ちょってです。村が旱魃で大変やっちゅうのに」
「ちらりとですが、村の様子を伺いました。ここへ来る前に大きな川がありましたが、そこから水を引くなどはできないのですか?」
「七瀬川か……できんわけじゃないが。しかし、明らかに資金が足りんのです。人手もですわ。去年も旱魃がひどくて飢え死にした者が多く出ちょってんです。せめて雨でも降ってくれればと――」
玄信は深いため息をついて口をつぐんでしまった。
舞人は、お茶とは名ばかりの熱湯をちびりとすすって少し考えた。
「私でよろしければ、玄信殿のお力になりましょう」
「?」
舞人はにこりとほほ笑んだ。
「雨乞いならば、私の出番です」
■ ■ ■
日が暮れる頃、近くにある神社の境内を借りて儀式の舞台が設けられた。
今宵は三日月。
焚かれた炎からは雲を見立てて煙が立ち昇り、村男の叩く太鼓は雷鳴の如く轟いた。
「水が足りぬ村では、空の星が燥ぐと言いますが、月までもが水を求めてその身を削っていますね」
舞人は鏡を前に、顔に白粉を塗り目じりと唇に紅をさす。
村の衆の前に姿を現した舞人は、両手で抱えるほどの大きなひょうたんを持ち、恭しく水を撒いた。
円を描いて舞台を一周し、村に雨が降るさまを模す。
そして雨を乞うように天を仰いで舞い踊る。
足取りはゆるやかに、妖艶な表情に、観るものを魅了し、空までもが恥じらっているようであった。と、舞人の踊りに誘われるかのように雲が姿を現しだした。
「おお、雲じゃ!」
「雨雲じゃあ!」
太鼓の音に負けない雷鳴が轟き、今にも雲から雫が滴りそうになった。
しかしその時。
突然の風が吹き、雲はあっという間に散ってしまった。
「ああ……」
村人たちから落胆の声が漏れる。
その後、舞を踊り続けたが、風はひょうひょうと吹き続き、雷鳴どころか雲は一つも集まりはしなかった。
結局、雨乞いは失敗に終わった。
その結果に驚きを隠せずにいたのは、舞っていた本人であった。
舞は間違いなく雨を呼んだ。なのに、邪魔をするようにかき消されてしまった。それが舞人には、途中で別の力が割り込んだように見えた。
水を嫌い、渇きを好む神力の持ち主。舞人の記憶に、一つだけ心当たりがあった。
「まさか、魃? 空を渡らず留まっているのか?」
舞人は空を見上げた。
空からは、村をたたくように乾いた風が吹き抜けていった。
翌朝、玄信は開口一番舞人に詫びた。
「すまなんだ舞人殿。せっかく雨乞いをしてくれたというに」
「何を仰います。私こそお役に立てませんで真に申し訳ない」
舞人は外の様子を見る。
相変わらず乾いた風が吹き、家をギシギシと軋ませている。
「少し、村を見て回りたいのですが」
「もちろんどうぞ。ゆっくりしていってください。あ、日暮れには晩飯にしますんで」
舞人は、村の中を歩いて回った。
田は完全に干上がっており、カラカラの地面にひびが入っていた。
道端の草さえ枯れ果てて久しいようだ。
しかし、村はずれの森を見ると、いくらか緑が残っている。
改めてみると、枯渇は村の中心から始まっており、村から離れるほど緑が豊かになってきている。
この現象が、旱魃は魃の力によるものだと舞人に確信させた。
「かなり強い力のようですね……このままではじきに村が死んでしまう。玄信殿のためにもここはひとつ――」
舞人は、何かを覚悟したように表情を固めた。
夜、村が寝静まった頃。
舞人が玄信の家の戸を静かに開ける。立て付けが悪いために、ギシギシと悲鳴を上げていた昼間とはうってかわり、全く音を発てなかった。
それどころか、舞人の足音さえしない。
舞人が一人で畔道を歩いていくと、彼の他に動くものがあった。
雲一つない空に浮かぶ月と星が正体を照らしだす。
清恒だ。
玄信の話によると、もう何年も寝ているはずの彼が起きて、しかもなにやら辺りを気にしながら歩いている。
近くに舞人がいるのだが、それには気付かない様子だ。
舞人が常人とは思えないほどに気配を絶っているせいでもあるかもしれない。
彼は、山の中へと歩いていく。
「これはまた奇妙な」
舞人は興味を引かれ彼の後をついていく。
山の奥、木々が生い茂る先には洞窟がぽっかりと口をあけ、入口の上部には注連縄が吊るされていた。
村人が祀っているのだろう。
清恒はなんのためらいもなくその中へと入っていく。
舞人も後を追おうとすると、前方で小枝の折れる音がした。とっさに隠れた舞人だが、音の主がわかると姿を隠すのをやめた。
「こんな所でどうなさいました、玄信殿?」
木々の茂みから出てきた影は、舞人の呼んだ人物へと姿を変えた。
玄信は、ばつが悪そうに頭を掻き、舞人に頭を下げる。
「いやあ、みっともないところをお見せした。実は、せがれが夜中に一人で出歩くのを最近知りまして、後をつけておりました。しかしどうしてか、いつもこの辺で見失うんです」
舞人は不思議そうに玄信を見つめ、清恒の入っていった洞を振り返る。
「あの洞に入っていったようですが」
「洞?」
「お見えでない?」
玄信は不思議そうな顔をする。
「舞人殿、わしもここへ来て何年にもなりますが、このあたりにゃ何もないですよ。わしらが来る前、祠があったっちゅう話もありましたが、今はどこにあるやらわからん状態です」
彼の言葉に、舞人は今一度洞を見やる。
注連縄も立派で、傍目では村で祀っているものと思ってしまう。
「舞人殿、せがれがその洞とやらに入っていったのか?」
「はい。どうやら清恒殿は人外の力が漂う場所へ行ってしまわれたようですね」
「じんがい?」
「ええ。人ならざるものの力があの洞から感じられます」
「そんじゃ、せがれは化けモンか何かになっちまったんですか?」
「いえ、そうではありません。ですが、この洞が人にどんな影響があるかはかり知れません。人外にならないという保証はできかねます」
「なんですとー! せがれを連れ戻さんと!」
茂みを飛び出し闇雲に走り出す玄信。
「げ、玄信殿、落ち着いて。玄信殿には洞が見えぬのでしょう? 私が参りますからここはおとなしく待っていてください!」
「舞人殿ぉ~……せがれを、せがれを……!」
「わかりましたから」
舞人は、玄信の鼻水がついた袖を近くの茂みに擦り付けた。
【次回の小説更新おしらせ】
目の前で無防備に眠る
舞人の鎖骨から目が離せない清恒!
誰も入ってこないことを確認して、
清恒は自分に言い聞かせるように言った。
「…キスくらいなら…いいよな…?」
舞人のファーストキスは
このまま清恒に奪われてしまうのか!?
そして出るに出れない押入れの中の玄信!
次回「じゃあセカンドは俺が」こうご期待!
■ ■ ■
玄信「せがれにそんな趣味が……(泣」
清恒「ちょっ! 誤解だ! これは、その……!」
舞人「焦り方が、浮気を知られた旦那さんのそれになってますよ、清恒殿」
+++++++++++++++++++++++++++
2021年3月5日(金) 更新予定!
「舞いし者の覚書」第三話
+++++++++++++++++++++++++++
読み終わったら、ポイントを付けましょう!