航海をして二十日あまり、昼夜を繰り返した頃だろうか。
「島が見えたぞー!」
水夫の一人が島の発見を大声で知らせた。
知らせを聞いて甲板に集まった人々は、行く船の先にうっすらと雲の様な山らしい影を確認した。
「おお~、見えた見えた!」
寝太郎は子供のようにはしゃいで横手を打つ。が、
「あー……とうとう着いた」
水夫たちは、半ば諦めたように島影を見つめた。
「どうだい、あれ、山じゃろか」
「うん、山やろ。あれが竜宮かも知れん」
幾松と健作がため息をついた。
「よっしゃ、港を探して船を――」
「まて」
「お待ちを――」
制止したのはシンと舞人だ。
両者険しい表情を島に向けているのを見て、清恒が不思議そうにする。
「どーした二人とも?」
「島の雰囲気がどうもいけすかない。殺気だっているように感じる」
「気付かれましたかシン殿、さすがです。この島についてご存知で?」
「いや。昔、少し聞いただけだ」
「何? どーゆー事や?」
清恒が、交互に二人を見て首をかしげる。舞人がそれに応えた。
「ここは、今でこそ金山となって栄えてはいますが、かつて流刑地とされていた島です。それほど昔の事ではないので、今もただならぬ気配は、この島にいる方々からかと」
「こんな殺気立っている島はまずいんじゃないか? 一旦島から離れて――」
「よーし! 港を探して船をつけろー」
「人の話を聞けやコラァッ!」
叫ぶシンに、しかし清恒はにこやかに言う。
「殺気立っとろうが麒麟が下ろうが、それでも行かなあかんわーや。俺にはやる事があるけぇ」
「麒麟がくだるって……なんだそれ?」
船は、港を探して島沿いにしばらく進む。
海と島が複雑に入り組んで、岩礁が連なり、黒褐色の岩、人の横顔に見える巨大で奇妙な形の岩もあった。
しばらくして、ようやく船は、清恒の見つけた小さな港にたどり着いた。
港には小さな船が一舟。浜には、たらいというより大樽を半分に切ったような、大人が一人二人乗れそうなものがいくつも干してあった。
その横には、鈎やヤスなどが取り付けてある長い竿が並んでいる。
視界の端で朱鷺が数羽、餌を探して啄んでいたが、突然飛び立ってしまった。
清恒が正面を向くと、幾松でも感じ取れるほどの殺気が溢れていた。
――なんだ? 新しいヤワラギ演者か?
――役人には見えぬな。ムシュクニンじゃないか?
寂れた雰囲気の港。
その外側に、異様なまでに人が集まっている。にもかかわらず、そこから漏れる声は静かで低く、人の群れとほど遠いものだった。
ヒソヒソと聞こえてくる意味の分からない言葉が、獣の唸り声に聞こえる。
水夫たちは総毛だってシンの後ろへ我先にと隠れた。
「ね、寝太郎さん、こんなおっかないとこでどーするんじゃ?」
「俺たちもう帰ってええが?」
「乙姫様どこやねん? こんなとこが竜宮なわけないわーや」
「どう見ても歓迎されてる雰囲気じゃないぞ、清恒。どうする?」
刀の柄に手を添えるが、後ろの水夫たちにしがみつかれて身動きが取れないシン。
その姿を哀れな目で見る清恒。
「得体の知れん者は、お互い様や」
清恒は深呼吸をすると、声を張り上げた。
「俺は縄田玄信が一子、清恒!
ここへは草鞋を売りに来た!」
言い終わると、水夫たちに船内の草鞋を持ってくるよう指示した。
その間に、港の向こうからは数人の男が清恒たちに近づいてくる。
先頭を歩く男は、目付きが鋭く睨み付けているようにしか見えない。
死神のような形相に、水夫たちの顔がさらに強張る。
「お前らち、流されたやつらじゃねぇのか?」
男は、恐怖が増すような低い声を発した。
対し、清恒はあっけらかんと応える。
「ん? おう、俺らは商人だ。草鞋のな」
後ろにいたやせぎすの男が金切り声を出す。
「なあ、あいつらほたく前に奉行所に言った方がいいんじゃないか? おいらち今から「ナガシ」を始めるんやし、女子供も手が放せなくなるぜ」
「あいにくだが、ここでは商売はできん。奉行所を通ってないならなおさらだ。そのくらいは知っているんじゃないか? それとも海ノ口で父が討死して、世間の事に疎くなったか? 玄信の子よ」
玄信は、海ノ口での怪我をきっかけに隠居をしたが、世間では、玄信は討死したとされているらしい。
皮肉は明らかだ。
それに怒りを覚えたのは、シンの方だった。
――戦場にいなかったヤツが好き勝手なことを!
「玄信が姿を現さないのは、隠居したのではなく、実は討死したからだ」
と、彼を妬む他の家臣がでたらめを吹聴していた事を思い出したシン。
玄信が死したことを毎日のように嘆いた。父とも一切顔を合わせることができなかったほどだ。
同じ年頃の清恒とともに世話になったからか、もう一人の父のように玄信を慕っていた。
「お前ぇええ!」
シンは水夫たちを後ろへ放り投げ、男に切りかかる。
男も、近くに立ててあった鈎竿を手に、応戦する。
しかし、それらが交わることはなかった。
「三年も村から出んかったら、そりゃ疎くなるわな」
清恒は、二人の腕を強く握って言った。細い腕のどこにあるのか、強い力に、二人は呻いていた。
「う、うぐっ……」
「おい……清恒、痛ぇって……」
ぎちぎちと二人の腕が軋む。
「……まっ、急に来た俺らが悪いやなそりゃ」
パッと手を離した。
「そんで提案なんじゃが、持ってきた草鞋は、タダで交換するってのはどうだ? そのかわり、このことはお奉行様には内密にってことで。だいぶくたびれとるようじゃけ」
「む……」
言われて、足元を見る男。
確かに、毎日鉱山まで歩き、仕事をしている草鞋はすり減っている。これはまた草鞋を新たに作らなければならない。
男は思った。草鞋を作る度、いったいどのくらい時間をかけたことか。
その時、山の方から地響きが聞こえてきた。
「なんだ?」
水夫たちは山神さまの怒りだの乙姫様の怒りだのあわてふためいた。
一方で青ざめた顔をしたのは佐渡の村人たち。
「ありゃあ、まさか崩れたんか?」
男は何も言わず、山に向かって走り出していた。
「ワシらも行くぞ」
清恒が後を追って走っていった。
【次回の小説更新おしらせ】
放課後、清恒は帰宅しようと昇降口へ足を運んだ。
「あ、雨…。
仕方が無い。濡れて帰るか」
そこへ、スッと差し出される赤いチェックの傘。
「かっ、勘違いしないでよねっ!
別に清恒と相合傘したいわけじゃないんだからねっ!」
「マコト…。ありがとうな。」
そんな二人を見つめる影がひとつ。
次回、「二人は、付き合ってるんですか?」
舞人が清恒に思いを告げた時、マコトはどうするのか…!?
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シン「…………………………なんだこれ」
舞人「これがラブコメというやつです♪」
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2021年4月2日(金) 更新予定!
「舞いし者の覚書」第七話
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