「あんたら、商人というのは嘘だろう?」
「!」
「この島に来たのは金山から採れる金が目的だろう? 渡してやりたいのは山々だが、バレたら縛り首だ。恩人をそんな目に遭わせるわけにはいかない」
清恒は頭をぼりぼり掻いて返事に詰まる。
「んー……まぁ、そうだな。
それに、黙りも誤魔化しも、やったってバレるときゃ、バレるしな。
――その通りだ」
「なぜ金《きん》がいる?」
「仮に、村のみんなのため、と言ったら、あんたは金をくれるのか?」
「いや……無理だ」
「そうだろうな。砂金どころか、土一握りでも持ち出したら打ち首だしな」
「質問の答えがまだだ」
「ああすまん。ただ、俺らがやることを、あんたが見逃してくれるか先に知りたかったんだ」
「?」
「あんたさっき、金をくれるかって聞いたら『駄目』じゃなくて『無理』と言ったろ。詰まるに、あんたも実は金を持ち出したいが方法がなかった、と言うところか?」
「……」
「図星だろ」
マコトの表情が固くなったのを見て、清恒はにやりとする。
「俺は空気読める人間だからな」
『嘘つけっ』と、陰に隠れているシンが思わず漏らす。
「あんた、良かったら俺らの村に来んか?」
「なぜそうなる?」
そこで質問の答え、と清恒は人差し指をピッと立てる。
「俺らの村は、今、旱魃にやられて死に村の一歩手前だ。舞人殿の雨乞いでも雨が降らんかった。近くに川があるんだが、水路をひくには金がいる。毎年年貢を払うだけで精いっぱいなんだが、次はもう年を越せん村人がほとんどなんだ。だから、金を分けてもらうためにここへ来た。
だが、あんたらの掘り出したもんを横取りしようとかじゃねぇ。草鞋についてるのだけでいいんだ」
「草鞋の――?」
マコトは少し考えこんだが、なるほど……と得心した。
「確かに、草鞋を持ち出してはならぬという法はない。なるほど、使わなくなった草鞋を処分するのだから罪ではない、ということか」
「それに、水路を引くには金だけでなく人もいる。そこで、あんたにも来てもらって手伝ってほしいんだ。一人でも多くの手がほしい」
「……甘いな」
「ん?」
「いや……奉行所もそこまでは考えてなかっただろう。ボロボロの草鞋を利用する者がいるなんて」
マコトは心なしか嬉しそうに言った。
「それと、お前知っているかもしれんが、島からの脱走は重罪だ。だから俺は島を出ない」
「脱走なら、じゃろ? この島に住んでいるのだって、島流しの奴だけじゃない。ここで生まれて死ぬ奴もいる。お奉行様の命令でもなんでも、島から出る奴だっているはずだろ?」
「お前……たまに面倒くさいとか言われないか?」
マコトは苦手なものを見るような顔をした。
『言ってる! 俺が言ってる!』
シンは舞人の肩を叩きながら言った。
舞人は叩かれた肩をさすって、やれやれ……とため息をつく。
「まあ、考えといてくれ」
清恒はニカッと笑った。
「ところで、舞人殿というのは――」
マコトがちらちらと茂みを伺いながら訊ねる。
「ああ、あそこに隠れてる人だ」
清恒が正確に舞人のいる茂みを指差す。
「ついでにシンもおるな」
「なに? いつから……」
「最初っからいたようだな」
ばつが悪そうに木の葉を払い落として姿を現す二人。
「なぜあなたたちはそう勘が鋭いのですか」
「てか、俺のことついでにしないでくれ……」
こうして夜が更けていく。
■ ■ ■
「と、ゆーワケで!」
「何が『と、ゆーわけ』だ?」
「細かいことは言わない約束だシン! さあ、草鞋の大交換会、開催じゃあ!」
新しい草鞋の山を前に、清恒は朝から村人を集めて声を張り上げた。
「仕事に行くちょいとの時間! 視線は取ってもお手間は取らない!
艱難辛苦の暁に、ようやくついたが佐渡の島! 一等二等とある中で、俺の草鞋が一等だぁ!
付くよ付くよと何が付く? 佐渡の港に船が着く! お寺の坊さん鐘を突く!
舞人舞う舞は並はずれ、三年寝太郎は世間ずれ、足が痛いは鼻緒擦れ!
ところがどっこい! うちの草鞋は丈夫で柔い!
旦那は早めに手を挙げて。女子供と同時ならそちらを優先交換だ! さぁ交換、交換!」
清恒のあまりに饒舌な語りに、思わず一歩引いたシン。
「……なんだその口上は?」
「舞人殿から教わったんよ。早く捌くためにはこのくらいはした方がいいって」
「お前、どっちかってーと引きこもりな感じだったのに一晩でそのノリ……。
しかもその口上、なんかに似てるような……」
「さぁさ来い来い! ひと房なんぼの叩き売りぃ!
今ならおまけに草鞋一足つけちゃうぞ!」
「バナナの叩き売りかぁっ!」
シンは思わずツッコんだが、村人たちは聞き逃さなかった。消費する側としては重要なその一言を。
「おまけ?」
先ほどまで、聞くだけだった人々も、一斉にざわめきだした。
「さぁ皆さん、今から仕事なんじゃろう? 今はいてるのと交換でええから草鞋どうじゃ?」
清恒の声に、ざわめきが増す。
「おれのを交換してくれ」
一人の中年の男が脱いだ草鞋を差し出してきた。
「昨日、おれの弟もあの炭坑に埋もれて、でも、あんたらのおかげで助かったんだ。ありがとうな」
「それ言うならわしもじゃ」
「アタシもよ」
一人交換に申し出ると、箍が外れたように、次から次へと村人が群がった。
「お、押さんといて!」
「早く換えてくれ!」
「一気に来んで並んでくれ!」
対応に戸惑ったのは水夫たち。
寝太郎に言われるがまま草鞋を持ってきたら、島の人たちにもみくちゃにされたもんだからたまったものではない。
ある者は足を踏まれ、ある者は汚れた草鞋を顔に押し付けられ、ある者はなぜか身ぐるみを剥がされた。
「お、お前たち……! 落ち着け!」
遅れて様子を見に来たマコトは、我先にと草鞋を交換してもらっている村人たちを宥めようとするが、初めて見る皆の異様な熱気に圧倒されてしまった。
そんなマコトの隣にきたシン。
「……なんというか、言い方悪くてすまんが……がっつりしてるな……」
「……すまん」
マコトが頭を下げた。
しばらくおさまらない熱狂を眺めていたシンとマコト。そこへ二人を呼ぶ声がとんできた。清恒だ。熱狂の渦に巻き込まれ、今にも溺れそうな中、一生懸命に手を振っている。
「人の波にもまれているな……」
「あいつ、猫背だから実際の背丈よりちっさいんだよなー」
「見てねぇで……助けてくれよぉ……」
もみくちゃの中から、やっとのことで二人のもとへたどり着いた清恒。
「シン! 二、三日したら島を離れるんで、出航できるよう準備をしといてくれんか? それからマコトどの! すまんがここで木の実や山菜が採れるところを教えてもらえんか?」
「それはいいが、唐突だな。なぜだ?」
マコトは不思議そうな顔をした。
ヨレヨレの着物を整えながら、清恒が説明する。
「ほれ、俺たちはお奉行様に言わんでここへ来た、いわゆる密入国者じゃ。当然買い出しなんてできん。魚は海へ出れば採れるが、山のものがどうしても欲しくてな」
「それなら、俺がなんとかしよう」
「ええんか? 助かる!」
「ああ、任せろ」
■ ■ ■
「健作や、困ったな……」
幾松が呟く。
「じっちゃん、困ったな……」
健作も呟く。
泥だらけに汚れた草鞋の山を見上げて呟くのは水夫の老人と孫。
昨日の朝から、寝太郎の意図がわからないまま、水夫たちは草鞋を風呂敷に包んでは村人たちの古い草鞋と交換する作業を何度も繰り返した。
健作なんか、身ぐるみまで剥がされて大変だった。
それでも怒る気がしないのは、この村に来たばかりの清恒を知っているからだ。
戦火を逃れか追われてか。
血にまみれ泥にまみれ、人目を忍んで父親と命辛々やってきた長州の小さな村の片隅。
村人は他者を簡単には受け入れることができず、父・玄信もまた然りだった。
疲弊しきって周りの人も何もかもが信用できなくなってしまった玄信に、清恒はにっこり笑ったのだ。
――人は、自分以外を信じることができる唯一の生き物です。
と。
それからというもの、玄信は積極的に村の手伝いをし始め、村の庄屋になった。
二、三か月前までは、寝てばかりで愛想をつかされていたが、最近の清恒は、村に来たばかりの頃と同じ雰囲気を感じ取ることができた。少なくとも、健作にはそう感じた。
「寝太郎さんのすることは、どこまでも思考が読めんから気が滅入るよな、なあじっちゃん」
「だな、健作や……これじゃあ、旦那様に合わせる顔がないわい。死んでお詫びでもせにゃならんぞ」
「困ったなー……」
「困ったな……」
二人は青色吐息。ほとんど生きている心地もなく清恒を心配したが、当の本人はつゆ知らず元気であった。
「こんな泥だらけの草鞋、一体どーするんだか。捨てにいくのも大変だで……」
健作が草鞋を手に取り泥をはたく。
「ん?」
視界にキラッと光るものを見つけた。
「何か光った」
「そりゃあ鉱山で働いちょった人が履いてた草鞋じゃ。金の一粒くらい――」
幾松が言いかけて、はっとする。
健作と顔を見合わせて、お互いに同じことを考えているとわかった。
「あーっ!」
【次回の小説更新おしらせ】
突然、家の天井を突き破って現れた玄信
彼の正体は、なんと!
遠い星からやってきた女王様だった!
次回「追跡者 舞人
女王を追う者」
■ ■ ■
舞人「映像化が難しそうな内容ですね」
清恒「もうモザイクしかないだろな」
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2021年4月16日(金) 更新予定!
「舞いし者の覚書」第九話
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