刀は鞘に収まったまま、地面に突き立っている。
「シン殿、持ってみてください」
言われるままに手にした。が、
「重っっも!」
掴んだものの、びくともしない刀。
「ね」
「『ね』じゃねえ!」
「持ち主を選ぶんです。その刀」
「つか、こんな重いモンよくその箱に入ってたな」
言っている間にも、旱魃はどんどん広がっていく。魃のいるあたりは、もう草木が枯れ果《は》て砂漠化が始まっていた。
「なんでもええ! 剣舞をせにゃならんのやろ?」
今度は清恒が刀を抜こうと掴んだ。
「清恒、無理だか……ら……」
シンが忠告しようと叫んだが、清恒は刺さった刀をいとも簡単に引っこ抜いてしまった。
あまりに力を入れていたので、抜けた拍子に尻餅をついてしまったほどだ。
「……え?」
「ほ、ほら抜けたろうが……!」
「ええーっ!?」
清恒が、地面に鞘だけ残して抜けた刀を見る。
両手で柄を握ると、二尺四寸しかなかった刀は、手に馴染むように長くなっていく。
清恒の身の丈に合う長さになり、更に軽くなった。
「すっげ……まるで重さを感じない。でも切っ先まで刀の感覚があるような……」
「刀が、清恒殿を持ち主と決めたようですね」
「刀が……?」
「はい。では、清恒殿、よろしくお願いしますね」
「軽いな、ノリが」
「別に伝説の刀というわけでもないですし、仰々しくする必要ないですし」
清恒が、まじまじと刀を見つめる。
乱刃の刃文に黒い柄巻。
確かに、特別豪奢というわけでもなく、かと言って妖刀のような怪しさもない。
「ああ。この刀、借りるで。あと剣舞やから衣も借りたいんやけど」
「ええ、ございます。しかし、清恒殿は剣舞を嗜んでいらっしゃったので?」
驚く舞人に、清恒は自分のぼさぼさ髪を結い上げながら言った。
「……殿が文芸好きで、親父と一緒に習って少しだけ、な。だが、俺がやれるのは神楽剣舞だぞ?」
「きっと大丈夫です。問題ありません」
いい加減な返事に、呆れる清恒。
「シン! お前も一緒にやってくれ! 殿に習っていたろ!」
「なっ……! べ、別に俺がやんなくても舞人殿がいるだろ?」
「お前とがいいんだ」
「うぐ……!」
「幼いころ、よく一緒に舞ったろ?」
清恒はにこっと笑った。
「……わかったよ。
舞人殿、俺にも衣と扇でいいから貸してくれ」
「はい、どうぞ。では、私はお二人が舞えるよう、結界をもう少し広げましょう」
舞人は、漆箱から鈴が大小合わせて八つついたかんざしを四本取り出し、二人がいる場所を中心に、四方へ飛ばした。
そして、身を屈めて両腕を広げ、手のひらを大地へつく。と、同時に表情が苦痛に歪んだ。
固く乾いた地面に刺さったかんざしは、しゃらんしゃらんと涼しげな音を鳴らす。すると、四方を取り囲んで、先ほどより広い範囲の風がピタリとやんだ。
「……神風とはよく言ったものですね」
大地に刺したかんざしが小刻みに震えている。少しでも気を緩めると、吹き飛んでしまいそうだ。
「お二人とも、結界の範囲を広げたのであまり長くはもちませぬ。舞のなかで、魃と赤い石を結ぶ糸を見つけましたら、清恒殿の刀で断ち切ってください」
大地を押さえながら舞人は言った。
『任せろ』
心強い二人の声が揃った。
いつもは、目が開いてるのだかわからないほど糸目の清恒。今ばかりは父親譲りの切れ長の黒い瞳を見せる。そこに映るは、相対して扇を構えて立つシンの姿。
「久しぶりすぎて、足運び間違えるなよ」
「そっちこそ」
二人とも、舞うのは久しいというのに、まるでついさきほどまで稽古していたかのように息が合っていた。
足取りは軽く、ふわりふわりと柔らかい花びらが風に運ばれるように舞い、優しげに大地へおり立つ。
くるりと身を翻し、見せた顔は凛々しくも艶やかさをまとっていた。
清恒とシンが衣をはためかせるたびに柔らかい風が生まれ、刀はまるで山奥を緩やかに流れる川のようだ。
日照りで枯れ砂漠となっていた大地が、風が、二人の舞によってだんだんと和らいでいく。
二人が背を合わせた。
シンは扇で風を起こし、清恒は刀を振り下ろして空を切る。
そこへ、一本の絹糸が現れた。
遙か高い空で狂う魃と、祠にある赤い石とを繋ぐか細い糸は、キラキラと輝いていた。
「見えたぞ、清恒!」
「やけに遠いな」
すると、シンが扇を大きく振った。
「遠いのならば、手繰り寄せればいい」
シンの起こした風に呼ばれるが如く、糸が舞い上がる。ゆらゆらと二人の頭上まで来ると、清恒が刀を逆袈裟に振り上げた。
「糸を断ち、しがらみよ絶て!」
振り上げた刀から斬撃が飛び、しがらみの糸はぷつりと切れた。
『切れたっ!』
二人の叫びに呼応して、砂嵐は一念のうちに消えていく。
ふっと舞人の力が抜ける。
「これで、魃も渡るでしょう」
■ ■ ■
「あー! づがれだー!」
「そうでしょうね」
大の字に転がる清恒に、舞人が祠から手に入れた赤い石を漆箱にしまいながら言う。
砂嵐がおさまったことで、近辺の砂漠化も止まり、我に返った魃がしおしおと清恒たちに詫びた。
魃は、赤い石を見つけた頃から記憶が曖昧らしかった。
覚えていることといえば、ただひたすら、石を愛おしく思い、護る、ということだけだった。
もともとは寂しがりやで無口な神の魃は、心細さから、空を渡るギリギリまで清恒の袖を引っ張ったりしていた。
「お二人とも、神の間近で舞ったんですから、疲労は当然です。体力も精神力も、並の人間では、暫しも案山子ももたずに死んでましたね」
「俺たちをバケモンみたいに言うなよ」
「さすがは武士、と褒めているんです」
清恒がむくりと起き上がって、空を仰ぐ。
魃を鎮める儀式をしただけなのに、何日も何日も、とても長い時間が過ぎたように感じた。が、実際のところ数時間しか経っていない。
西に傾く夕日がやけに赤く感じる。
「舞人殿、これでもう村は旱魃に襲われないか?」
「……いつかまた、魃はここへも渡ってきます」
清恒はぐっと唇を噛む。
しかし、と舞人は続ける。
「もう留まることはないでしょう。日照りが続くは神の意思、雨が降るのもまた神の意思です」
「そっか……じゃあ、それまでに村の灌漑をやってしまおう!」
立ち上がり、大きく伸びをする。
「そうだ! シン、お前も村の手伝いをしてくれ――」
ふいに、風が清恒の言葉を遮るように吹き抜ける。
その先に、シンが申し訳なさそうな笑顔を浮かべて立っていた。
「すまない、清恒。俺は行くよ」
「……は? なんでだ……?」
「理由は言えない。すまないと思っている」
「なんだよ、それ!」
清恒はシンに掴みかかる。一方、シンはされるがまま、手を出すことはなかった。
「シンは、たくさん村のために手伝ってくれたじゃないか! 村の皆に紹介するよ。住むところだって――」
しかし黙っているシン。それで、これ以上は言っても無駄だと清恒は悟ってしまった。
清恒は、シンの服を掴んだまま俯く。
「時折お前に文を出すよ」
「直接、来いよ」
「なんだよ、泣きべそか? 昔と変わらないな」
「誰が泣くか」
「――じゃあな」
「…………」
強く握りしめていたシンの服の袖を、震えながら放す。
「清恒殿、私ももう参ります」
舞人も去ることに、清恒は俯いた顔をあげる。
「まだ、礼もしとらんのにか?」
深々と頭を下げる舞人。
「申し訳ありません。私の役目がありますゆえ」
清恒のもとを、二人は静かに去っていく。
「……じゃあ、な。新介……」
森の中へ消え行く二人に、清恒の声は儚く、届くことはなかった。
■ ■ ■
シンと舞人が並んで森の中を歩くことしばらく。
沈黙を先に破ったのは舞人だった。
「シン殿、よろしければ、しばらく私とご一緒しませんか?」
「なんだよ、藪から棒に」
「何かと物騒な世の中なので、お侍様がそばにいてくれると心強いです」
シンは初めて舞人の顔をまともに見て顔を赤らめた。
「ま、まあ……しばらくの間なら……」
「ありがとうございます」
舞人はにっこり笑った。
「そういや、あの赤い石を集めてどうするんだ?」
舞人は、赤い石でできた首飾りにそっと触れた。
「シン殿、私は石を集めるのが|目的ではありませんよ」
「? じゃあ何だ?」
「私は舞を舞う者。世の中に舞を広めるのが役目です」
「舞いし者の覚書」最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
時代物で民話モノで和風ファンタジーを書くのが初めてで、最後まで書ききれるか不安いっぱいでした。
皆様ご存じの三年寝太郎ですが、実は諸説ありまして、全国あちこちに残っているそうです。
その中でも(ウィキ調べ……)山口県山陽小野田市厚狭地区の伝説が結構詳細に情報があり、たくさん参考にさせていただきました。
ありがとーう!
ウィキ、図書館、ネット情報に感謝!
さて、次はどんな民話を題材にしましょうか!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!