毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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また会おうね

公開日時: 2021年6月22日(火) 18:41
文字数:2,417

「……気付いてたのかよ」


「当たり前だよ。一度も急所を狙って来ないし、特別警戒区域で見せた力も使ってこないし、もし本当に意志が飲まれていたとしたら……私ごときが敵う訳ないんだよ。特別警戒区域で戦った久遠 アリスにさえ、私は遠く及ばなかったんだから」


 沈黙が蔓延る。瞳を潤ませた茉白は痛む心を隠すように視線を逸らした。


「気付いてた? 茉白ね、この戦いの中で自分の事を一度だけ『うち』って呼んだの。正直そこで勘付いた……ううん、勘付いてしまった。でもそれを口にしてしまえば、貴女の想いを踏み躙る事になるから」


 身体を前へと倒した弥夜は、朦朧とする意識の中で茉白に頬擦りする。血を流し過ぎた。けれど、頬に訪れる温もりは何よりも心を落ち着かせる。


「泣くな、うちの相方だろ」


「だって……だって……どうしてこんな結末になるの……!! ごめんね茉白。初めて出会った時に私が貴女を連れて行かなければ……」


「馬鹿が。うちは……弥夜と出会えて良かった。お前は不器用でトラブルメーカーな上に料理も下手だし、車の運転もろくに出来ない」


 「でもな」と続けた茉白は、自身に身を預ける弥夜の頭を優しく撫でる。


「“私が貴女を愛してあげる、生きる理由を探してあげる。人を信じる事を知らないのなら、私が教えてあげる”お前はうちにそう言った。そしてその全てを満たしてくれた。愛情をくれて、生きる理由をくれて、誰かを信じる事を教えてくれた」


「茉白……」


「弥夜。お前が、お前だけが……生涯で最高の相方だった。最初で最期のな」


 その言葉を皮切りに感情が膨張して爆ぜる。到底声に出来ない想いが胸中を犯し、極限にまで締め付けられた心臓が痛々しい鼓動を発した。


「私もだよ、茉白」


 啜り泣く弥夜を宥めるように、頭を撫でる手が優しく動く。徐々に力を無くしていく身体に嘆きつつも、優しい時間は暫し続いた。


「……稀崎と楪は生きてるか?」


 瑠璃は廃学校へと帰った事、久遠 アリスと化した茉白を護る為にタナトスが立ちはだかった事、東雲と夜羅が殺り合っている事。地上での出来事を全て説明した弥夜は、しがみ付く腕に更に力を込めた。


 「そうか」と紡いだ茉白は激しく咳き込み吐血する。夥しい血の量が傷跡の深さを無情にも物語っていた。それは弥夜も同じであり、身体中を染める深緑の血が痛々しさを晒す。


「稀崎は絶対にお前を裏切らない。いいか? 弥夜。彼奴あいつの事は何があっても失うな」


「解ってるよ。でも私は……茉白の事も失いたくない」


「解るだろ、うちはもう手遅れだ。お前と殺り合って血を大量に流したからか、どうやら毒による洗脳が一時的に弱まっているらしい」


 覚悟を決めた茉白はその先を紡ぐ。


「今なら間違い無く自分の意志で自害出来る。お前の手を汚さずに死ねる」


「そんな事……言わないでよ……」


「弥夜、立てるか?」


「え……?」


 軋む身体を無理矢理に起こした茉白は、座り込む弥夜に手を差し伸べる。血に塗れた色白の手が弱々しく震えていた。


 互いに口にしないが、もう長くない事は解りきっていた。手を伸ばす弥夜。確かに手は繋がれ、二度と離したくないという想いが胸中に蔓延る。


「死ぬなよ、弥夜。きっと生き延びてみせろ」


 力を振り絞った茉白は、弥夜を一思いに立ち上がらせた。真っ直ぐに交差する視線がただお互いの姿を映し合う。


「一緒に帰ろう……?」


「うちが外に出て意識を完全に飲まれた時、黒い雪が降り大量に人を殺す。弥夜、お前は相方であるうちの手を血に染めたいのか?」


「それはもちろん嫌だけれど……ただ一緒に居たくて……」


「お前を救いの街で護り損ねた記憶が……未だに胸の中で渦巻くんだ。今度は必ず護ると決めたんだ。だからお前は生きて……稀崎や楪を護れ」


 「それと」と続けた茉白は随分昔に感じられる会話を思い返す。


夜葉よるは 茉白ましろひいらぎ 弥夜やえ、名前に『夜』を宿す二人の組織……デイブレイク。穢れた世界の中で夜明けを求めて生きる、お前はそう言ったな」


 瞳を潤ませて頷く弥夜。未だ収まらない感情の起伏が、全身を駆け巡っては何度も揺り返す。


「もちろん覚えてるよ」


「なら前を向け、夜明けはすぐそこまで迫ってる。この戦争……うち等の勝ちだ」







 茉白は儚い笑顔を浮かべ、弥夜は泣いていた。







「泣くな」


「だって……茉白……!! また手料理作ってくれるって言ったじゃん!!」


「……悪いな。次の世界での約束に持ち越しだ」


「生まれ変わってもまた会える……?」


「ああ、うちが必ず見付けてやるよ。次はうちの方が先輩だな」


「次はさ、普通の世界でさ、戦いなんて無い、能力者なんて居ない、そんな平和な世界に産まれたい。一緒に学校に行って、勉強して、お買い物して、ラーメンとかスパゲッティとか何か色々食べて、笑い合って、普通の女の子として過ごそうね。絶対また会おうね? 約束だよ?」


「麺類ばっかだな」


「茶化さないでよ……約束だよ?」


 見据え合う双方。小さく微笑んだ茉白は力強く頷いた。


「……うん」


 最期は、女の子らしい返事。


 茉白は残る力を振り絞って弥夜の背を強く押す。その先は誤作動する転送装置。放り込まれた弥夜は目を見開き手を伸ばすも、迸る青白い電流が接触を拒んだ。


「弥夜……またな。綺麗な世界に……なるといいな」


 死なないで茉白、という言葉を私は無理矢理に喉奥に押し戻す。それが叶わない事も、茉白がそれを望まない事も、私には解っていたから。

 

 共に生きると約束し、共に死ぬ為に戦って来た。齎された結末は到底受け入れ難いものだったけれど、これが、私達を護ろうと願う茉白の想いだというのなら……私は──


「うん……またね。茉白……大好き」


 そう返す事しか出来なかった。















 ──さようなら、茉白。
















 感情の逆流。理性の乖離。人格の破錠。


 全身全霊を以てして絞り出された弥夜の悲痛な叫びが、転送装置の稼働音に掻き消された。


 一番辛いのは私じゃないのに。


 ごめん、弱くて。

 ごめん、笑って見送ってあげられなくて。







 最期に見た茉白は──やっぱり優しく微笑んでいた。

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