毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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生離死別の鳥篭《ラスト・エンゲージ》

公開日時: 2021年6月20日(日) 20:17
更新日時: 2021年6月20日(日) 20:19
文字数:3,943

「その力は……?」


「お前が至る事は未来永劫として無い」


 以前は飲まれかけた力。内から次々に生まれ続ける殺意が身体という器を犯す。だが、肉体や意志の主導権を奪われる気配は無く、夜羅は自分の意志で力の使役を続ける。


 脇差にこびり付く毒蟲を殺めた際の血液。切っ先より滴った一滴が地に落ちると同時に、夜羅の姿が消失した。現れた先は東雲の懐。だが、東雲は明確にその目で動きを追っていた。返り討ちにせんと振り下ろされた断鎌は手応えを示さない。


「──ッ!!」


 身体を半透明に透けさせた夜羅をすり抜け、刃先は地面を深く抉った。


現世うつしよ常世とこよの狭間……それこそが私の神域」


 腰を低く落とした夜羅は重心を乗せた脇差を薙ぐ。咄嗟に身を捻った東雲の左腕が宙を舞った。


「ふふふ……腕一本。次は何処を切り落としましょう?」


 夜羅に付き従う五体の霊魂が、愉悦を代弁して小刻みに震える。身体が透けた今の彼女には、雨ですら干渉出来ずにすり抜けていた。


 蝕む激痛に醜悪な顔を晒す東雲。靴底に込められた魔力を爆発させ、戦線の離脱を試みる。だか、突如として湧き上がった分厚い蒼白の柱が行き先を拒むように羅列した。


「逃がす訳ないでしょう」


 一際大きく蠢く殺意。眩いネオンの光を放つ柱は、伸縮を繰り返し等間隔で増え続ける。二人を拘束するように三百六十度を囲った柱は、次いで上方へと伸びた。


 そして角度を変え中央部分で衝突、成されたのはまるで檻。逃げ場は無いと語るように、繋がった柱同士が複雑に捻れ合った。


「さあ、どちらかが死ぬまで踊り狂いましょう『生離死別の鳥篭ラスト・エンゲージ』」


 残った右腕で断鎌を握り直した東雲は、辺りを確認すると逃げ場は無い事を悟る。鳥篭内には二人だけが存在し、何者にも介入の余地が無い事は一目瞭然だった。


「残念ながら、毒蟲も内部へ至る事は叶いません。正真正銘、貴方と私……二人だけの領域です」


 内部へと身体を捻じ入れようと試みる毒蟲が、柱に触れては溶解を繰り返す。壊れた機械人形のように同じ動作を延々と繰り返す毒蟲達は、その身を以てして生離死別の鳥篭ラスト・エンゲージの堅牢さを代弁した。


「一応、聞いておくよ。この鳥篭から解放される条件は?」


「決まっているでしょう、どちらかの死です」


 夜羅の足元より漏れ出る魔力が、独りでに鳥篭へと吸収されていく。至る方向へ線状に伸びる魔力を見、東雲は喉を鳴らして嗤う。


「見たところ、この鳥篭は君の魔力を吸い続ける事で維持されている。もちろん魔力が尽きればこの魔法も効力を無くす……違うかい?」


「一つ補足をしましょう。この鳥篭は、私の魔力を死ぬまで吸い続けます。つまりどちらとも生き残り時間が経過した場合……私は魔力を完全に吸い取られ死亡するという仕掛けです」


「私を逃がさない為だけにこの魔法を使役したと? それとも君に、私を確殺する自信でもあるのかな?」


「これ以上は無駄話をしている時間などありません」


 手中の脇差を回転させ、華麗に捌いた夜羅。粘り気を宿した殺意が全身を縁取るように護る。傷だらけの彼女は勝負を急ぎ大きく前へと踏み出した。


 激痛の蝕む身体を酷使し、肉体の限界を超えた動きが繰り出される。靴底を滑らせ東雲の懐へと飛び込み、眼光すら置き去りにする一太刀。


「君の敗けだよ、稀崎」


 的確に喉筋を狙った脇差が虚空を切る。目を見開いた夜羅は、眼前で起こり得た事象に絶句した。自身と同じく身体を透けさせる東雲。周囲に付き従う五体の霊魂までもが同じだった。


「まさ……か……」


「何故、自身の力が模倣される事を予測しなかった? 君の敗因は、その得体の知れない力に頼り切りおごった事。確かにその力は脅威だ。だが、模倣してしまえばその数倍の力を私は有する」


 全身に視線を這わせた東雲は哄笑する。何者にも干渉を赦さない半透明の体躯。それは雨や塵一つですら例外ではなかった。


「これで互いに干渉は出来ない。さて私は……君が魔力を枯渇させ、無様に這い蹲るさまを眺めさせてもらおうかな」


 口角を強く噛んだ夜羅は激昂する。口内に広がる血の味すら忘却する程に。


「くそ……くそ……!!」


「それにしても凄まじい能力だね。たかが一人の能力者が扱える力では無い。まさに無敵だ」


「此処まで来て……こんな事……!!」


 我武者羅に振り回される脇差が、無情にも対象をすり抜ける。何度やっても結果は同じであり、東雲に対する一切の干渉が遮断されていた。


「無駄だよ。この力を使役する君が一番よく解っている筈だ」


「柊……夜葉……ごめんなさい……」


訥々とつとつと紡がれる弱々しい言の葉。東雲に付き従う霊魂が小刻みに震える。それはまるで、夜羅を蔑みわらうような挙動だった。


 後方へと跳び膝を付いて崩れ落ちる。鳥篭による魔力の吸収は終わる事をせず弱り切る身体。ついには、透けていた筈の夜羅が実体化し始めた。


「此処で死ねば、柊が殺される瞬間を目の当たりにしなくて済む。君は幸せ者だよ、稀崎」


 歪な金属音が響く。東雲は断鎌の刃先を地に引き摺りながら夜羅への距離を埋める。汚い笑みが語るは蔑如べつじょ。心底憐れむような視線が向けられた。


 降り注ぐ視線を獰猛な獣の如く見上げる夜羅。眼前で高々と振り上げられた断鎌が、静止画が連続するようにやけに遅く映る。死を前にした彼女の口元では、歯を覗かせた醜悪な笑みが浮かべられていた。


「幸せ者はお前だよ、東雲」


 凄まじい殺気が瞬間的に爆ぜる。腹の底から咆哮し立ち上がった夜羅は、東雲に付き従う五体の霊魂のうち一つを貫き刺した。そして続け様にもう一体を切り裂く。


 短い声を漏らし激痛に表情を歪ませた東雲。何が起こっているのかと言わんばかりに目が見開かれる。支えを無くした身体は崩れ落ち、無抵抗のまま地に屈した。


「私の力が模倣される事を予測しなかった? まさか。戦いにおいてそんな馬鹿げた判断はしませんよ。予測どころか、貴方に故意的に模倣させたのです」


「故意的だと……?」


「熟練度まで思いのままだと、柊にそう言ったそうですね。私は貴方の完璧な模倣能力に目を付けた」


 要領を得ない言い回し。眉を顰める東雲に更なる言葉が投げ掛けられる。


「貴方はこの力を無敵だと言いましたが、そんな訳ないでしょう? 周囲を付き従う霊魂達に、一時的に身体を預けているだけですよ。確かに知らない者には無敵に見えるかもしれませんが、相手が私である以上、それは何の意味も為さない」


「取り乱していたのは演技だったという訳か」


「ええ。取り乱したフリをして無様に刃を振るい、絶対に貴方へと攻撃が届かない事を意識にすり込んだ。無防備に近付いて来るこの瞬間の為にね」


 切り裂かれた事により東雲の周囲を漂う霊魂は三つに減少。力無く浮遊する霊魂が、まるで弱り切った命の灯火さながら明滅した。


「霊魂は五つ。両腕、両脚、そして心臓にそれぞれリンクしています」


 先程切り裂かれた霊魂は二つ。両脚が動かない事を確認した東雲は「なるほど」と小さく毒づく。


「さすがはタナトスを纏めていただけの事はありますね。確かに貴方は完璧な模倣能力を誇り、真正面から正攻法で殺り合えば恐らく勝ち目は無い。ですが、完璧過ぎる故に……弱点まで模倣してしまうとはねえ」


 「ふふふ……」と不気味に微笑んだ夜羅は三つ目の霊魂を突き刺す。左腕部分とリンクしていたのか、既に左腕の無い東雲には何ら異常は無かった。


「さあ? 残るは右腕と心臓の霊魂ですよ。まあ、私には視えていますが」


「若い小娘が、随分と下衆な趣味をお持ちのようだね。人をなぶり殺す事がそんなにも愉しいか」


なぶり殺す? 笑わせないで下さい。私の兄や優來、そして夜葉を奪った貴方達への報復としては……こんなもの痛みにすら入らない」


 四つ目の霊魂が突き刺された。迸る、この世のものとは思えない激痛。ついに断末魔の叫びをあげた東雲は、表情を強ばらせて地を転がる。


 万に一つも生き残れない。到底覆しようの無い事実は、東雲の胸中に突如として恐怖心を植え付けた。


「貴方は蓮城や桐華の能力を模倣しておくべきでした。あの二人の能力は、貴方よりも余程凶悪ですから。“君の敗因は、その得体の知れない力に頼り切り驕った事”と、貴方はそう言いましたね。貴方の敗因は、タナトスに敗北は無いと過信し、蓮城や桐華の能力を模倣しなかった事です」


 「そしてもう一つ」と続けた夜羅は、冷酷な視線で東雲を見下ろす。


「相手が私であった事」


 表情を歪めた東雲。苛立ちと恐怖が混じり合ったような唸り声が発せられた。


「夜葉は既に久遠 アリスと化しているだろう。此処で私を屠ったところで、この国が迎える結末は何一つ変わらない」


 最後の一つ、心臓とリンクした霊魂が弱々しく揺蕩う。それは僅かに鼓動を刻んでおり、今にも消え入りそうな心音が発せられていた。


「それでも私達は最期まで抗います。明けない夜が無い事を……証明せねばなりませんから」


 切っ先を霊魂へと向ける夜羅。鋭利に研ぎ澄まされた刃が、雨に濡れて不気味に煌めく。


「何か言い残す事は?」


「いずれお前達は死──」


 刺突。紡ぎ終える前に霊魂を突き刺した夜羅は、狂ったように笑みを浮かべる。視覚化していた殺意は消失し、戦闘による消耗が一気に訪れた。


「聞く訳ないでしょう」


 左右にぐらつきながら、重心の定まらない足取りが続く。向かう先は地下シェルターであり、瞳に宿る光が鈍い色を発していた。


「能書きの続きは……あの世で垂れていて下さい」


 前へと向く意識。だが、想い届かず崩れ落ちる。開いた傷口より垂れる赤が、色白の脚を伝って地へと落ちた。それでも夜羅は、痛みすら忘却して地を這う。生きるという約束を果たしたと伝える為に。


 稀崎 夜羅。


 彼女の酷使された身体は時間切れと言わんばかりに動きを止める。見渡しの悪い建物の柱へと凭れ掛った夜羅は、無意識の内に静かに目を閉じた。

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