毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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堕ちた日

公開日時: 2021年5月30日(日) 19:13
更新日時: 2021年8月7日(土) 17:37
文字数:3,282

 建物の外へと辿り着いた三人は各々に疲弊しており肩で息をする。更けてゆく夜の風は冷たく、戦闘で軋んだ身体に染み入った。


「おかしい、やけに静かだね」


 漂う死臭や無造作に投げ出された武器。建物に入る前とは打って変わって、周囲は嘘のように静まり返っている。


「目的は果たしました。いえ、柊を助け救いの街の計画を暴く……目的以上の成果です」


 道路の隅に乗り捨てられた車を指差した夜羅は「あれで脱出をしましょう」と提案する。だが、静けさを裂く足音により、三人の視界は来訪者へと向いた。予想通りと言わんばかりに、断鎌の柄を握る手に力を込める弥夜。


「やっぱり、そう簡単には逃がしてくれないよね」


 三人に追い付いた蓮城は純白の瞳を細める。辺りの制圧を行って来たのか、外套には返り血や汚れが付着していた。


「お前達はこの街から出られない」


「……へえ? それは幸運だねえ」


 断鎌を握る腕が小刻みに揺れる。夜風にそよぐ黒髪が、彼女の目元を覆い隠した。


「何が言いたい?」


「また会えて良かったよ。お前を惨殺しなきゃ……私の気が済まないから」


 「ねえ?」と続けた弥夜は軋む身体より魔力を絞り出す。空間との境界線を無くす輪郭。跳ね上がる魔力は、晒されているだけで痛みすら感じられる程だった。


「私とろうよ、蓮城」


執拗しつこい奴だ」


 色を失くした炎が形成されるよりも早く飛び出す弥夜。華麗に跳躍した彼女は、宙で身を捻り回転を加えると、遠心力を乗せた一撃を見舞う。


「何故抗う? 俺達の目的を知ったのなら戦う必要など無いだろう?」


「忘れたの? お前は私の妹を殺したの。お前達の目的なんて関係無い。その身を以て贖え」


 下段から振り上げられた大剣が断鎌を止める。衝突の際の勢いで勝った弥夜は純粋な力で押し切り、その場で回転する事により尻尾を叩き付けた。


 毒々しい色をした深紫の尻尾は棘を宿し、三つ又に別れた先端より液体が滴る。突き刺さる棘。身体から血を吹き出しながら地を滑る蓮城。細い尻尾でありながら、まるで巨大な車に衝突されたと錯覚する程の衝撃が迸った。


「さっきの毒か」


 立ち上がった蓮城は身体が僅かに麻痺した事に気付く。その原因が尻尾から滴る毒である事を察したのか、醜悪に顔を歪めた。


「今更気付いてももう遅い」


 辺りに湧き上がる色を失くした炎を諸共せず、弥夜が追撃を試みる。背後で状況を伺っていた茉白は地より蛇を湧き上がらせ、全ての独立した炎に喰らい付かせた。


 的確な援護。


 灰と化した炎は雲散霧消し、蓮城の使役する平行世界は可能性を閉ざす。


「死ね──蓮城!!」


 振り下ろされた鎌が蓮城を捕らえ、胴体より鮮血が吹き出す返り血を浴びた弥夜の表情は悦びに満ちており、底の見えない狂気が蝕んでいた。


 後退ずさりし、体勢を崩す蓮城。


 次は首をねると言わんばかりに、水平に持ち上げられた断鎌。だが、何かに気付いた茉白が弥夜に肉薄し地面に押し倒した。


「茉白……!?」


 刹那、すぐ近くを通過する弾丸。弾丸は地を抉り、動きを止めて白煙を上げていた。


「……稀崎!!」


 視線は後方へ。車を取りに向かっていた夜羅は、弾道を遮るように車を止めると、助手席のドアを内部から蹴り開けた。


「柊、狙撃手スナイパーが居ます。此処は退きましょう」


「ちょっと!? 茉白!?」


 弥夜を抱え上げた茉白は、有無を言わさず雑に助手席に押し込む。自身はルーフ部分に手を掛けて身体を持ち上げると、後部座席の窓を蹴り破って乗り込んだ。


 それを見越していたと言わんばかりに、ほぼ同時に発進した車。駆動するエンジン音が静かな夜を引き裂くように鳴り響いた。


「ありがとう二人共、助かったよ」


 雑に押し込まれた際に乱れた服が正される。


「お構い無く。このまま脱出しましょう」


「狙撃手が居る以上は下手に動けないからな。あのクソ女いつか殺す」


「茉白を撃った人?」


「そうです。撃たれたのは不注意ですが」


「一言多いんだよお前は」


 車内に響く小さな舌打ち。


 細道を無理矢理に横切り、大通りを逆走し、正面ゲートへの最短距離が辿られる。標識を薙ぎ倒したりと揺れる車内ではあるが、夜羅の運転が信用されているのか、誰一人として文句を口にする者は居なかった。


「今現在、救いの街内は大混乱に陥っています。数々の還し屋達が乗り込み暴れている……脱出するには最適でしょう」


 大きく切られたハンドル。華麗な弧を描いて曲がった車は速度を落とすこと無く猛進する。


「蓮城を殺し損ねた事は大きな痛手ですが、撤退に対して文句を言わなかった事から判断すると……柊も以前の勝手な行動を反省しているのでしょう」


 ぐうの音も出ないとはまさにこの事。気まずそうに押し黙った弥夜は小さな会釈をして謝罪する。


「冗談ですよ」


「夜羅って割と怖いよね」


「こいつは性格悪いだけだろ」


 唐突に車が揺れ、車内で頭をぶつけた茉白。


「失礼しました、大きな石があったもので」


「ふざけんな絶対わざとだろ!!」


 後ろから運転席をガシガシと蹴る茉白は、足癖が悪いと弥夜に叱られ大人しくなった。


「何か私が居ない間に仲良くなってない? 妬いちゃう妬いちゃう妬いちゃう」


「私と夜葉は一時的に手を組んだだけです。そういえば柊が離脱したあの日、夜葉が泣いていましたよ。貴女に会いたいとね」


「え!?」


 後部座席を振り返る弥夜。


「くそが、何処でも言いふらしやがって」


「私の為に泣いてくれたの?」


「知るか。忘れた」


 助手席から後部座席に身を投げ出した弥夜は、茉白に覆い被さり頬擦りをする。


「あーん、茉白可愛い可愛い可愛い」


「おいふざけんな!! ベタベタ触るな!!」


 数字の3の如く尖らされた口元が茉白の頬にくっ付けられた。


「虫を喰った口でキスをするな!!」


「そんなの気にしないよ?」


「うちがするんだよ馬鹿が」


 もみくちゃになる後部座席。一方的な愛情表現に茉白は抵抗を続ける。


「車の中で暴れたら危ないですよ。もう子供じゃないのですから自重して下さい」


「お前のせいだろ!!」


 弾力のある色白の頬同士が擦れ合い、舌打ちが何度も響いた。そんなやり取りのなか目的地である正面ゲートが見え始める。


「壊されてる……?」


「外の還し屋達が乗り込んで来た際に破壊したのでしょう。都合が良い」


 ゲートには大きな風穴が空いており、最早内外を隔てるという役割は果たせずにいた。


「夜葉、IDカードは二枚持っていますね? 私の元には一枚だけ残されていましたから」


「ああ」


「なら、私達の勝ちです。この脱出は誰にも悟られない」


「解析班をぶっ潰したのならもう機能してないだろ」


「それもそうですね。私のうっかりさんでした」


 アクセルを踏み込む足に力が込められるも、一人の男の姿を捉えた夜羅は目を細める。


「二人共見て下さい」


 遥か先で立つ東雲の姿を確認した二人は即座に思考を巡らせる。


「脱出が読まれてたか」


 吐き捨てると同時に茉白が鼻で笑った。


「そのまま轢き殺せ」


「腹立たしいですが同感です」


「……こっわ」


 猛スピードでエンジンを駆動させる車。


「何かに捕まっていて下さい。投げ出されても回収しませんよ」


 即座に茉白にしがみ付いた弥夜。躊躇い無くアクセルをベタ踏みした夜羅は、東雲を轢き殺す事を選択する。


 衝突の寸前に身を躱した東雲。車が横を通り抜ける際、切れ長の茶色い瞳が鋭さを増す。静止画が連続して切り替わるような感覚の中、三人は各々に東雲と目を合わせた。


 それは一瞬の出来事であり、東雲は遥か後方へと流れた。


「手を出して来ませんでしたね」


 バックミラーで後方を確認した夜羅は、東雲が興味無さげに救いの街へと戻る姿を確認。緊張の糸が切れたのか、小さな吐息をついた。


「私達が特別警戒区域アリスへ行くであろう事も読まれてるのかもね」


「そこで殺せばいいってか。上等だよクソ野郎」


 車は無事にゲートを通過し、救いの街からの脱出は成功する。弥夜を救い出すという目的は、今此処に達成された。




 幸か不幸か、この出来事を切っ掛けに国の情勢は大きく傾く。能力者を皆殺しにするというタナトスの目的に賛同したのは、意外にも能力を持たない人々だった。


 人々がタナトスの支配下に置かれる事を自ら選択した日は、後にこう呼ばれる。




 ──堕ちた日、と。

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