毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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デイブレイク始動、還し屋の脅威

制服の少女

公開日時: 2021年4月18日(日) 18:21
更新日時: 2021年6月28日(月) 19:13
文字数:2,992

 特別警戒区域アリスと呼称される場所。

 少女が一人、灰の舞う荒れ果てた街並みの中を歩いていた。


 右に左と重心の定まらない足元。


 本来、光を宿す筈の銀色の瞳は淀んでおり、虚ろな表情からは生気すら感じられない。生きたむくろのようだと言っても過言では無い程に。


 ──ひいらぎ弥夜やえ


 よわい十八の少女が纏う暗い色の衣服は血濡れており、まだ新しいであろう血は赤々として残酷さを晒していた。

 此処ら一帯で戦闘が行われたのか死体が無造作に転がっており、中でも目を引くのは同じ死に方をする者。口から、気泡をはらんだ真っ黒な液体を吐き出して絶命する死体が複数見受けられた。


「この死に方は毒……?」


 死体に向けられた視線が興味を語る。どの死体にも共通しているのは、弾丸で撃ち抜かれたような跡がある事だった。


 蜘蛛の巣のような亀裂が迸った建物、陥没して高低差が生じた道路、横転した車、引き千切れて垂れてくる電線、過去の栄華を語る高層ビル群。最早、街としての機能は失われており、追い討ちをかけるように冷たい風が吹き抜ける。


 流れるようなストレートの黒髪が虚空に尾を引き、顔に張り付いた髪が視界を瞬間的に閉ざす。その煩わしさを取り払おうと髪が掻き分けられた際、弥夜の瞳は一人の少女を捉えた。


「あの子……誰だろう……」


 喉奥から絞り出された掠れた声には、少し先で立ち竦む少女への興味が含まれていた。距離は僅か数メートルであり、いかに辺りの景色に興味を抱いていなかったのかと、僅かな驚きが胸中で湧いた。


 肩口程までの銀髪に不規則な黒いメッシュ。艶のある髪を風に靡かせる制服を纏った少女は、ただ曇天の空を仰いで沈黙に身を委ねる。


 まるで絵のような光景だった。


「あの……」


 自身でも驚くほど無意識に声を掛ける。反射的に振り返った少女は、この世に冷め切った冷酷な目をする。弥夜と同じく淀んだ瞳は、引き込まれそうな深い紫色をしていた。手に握られている、本来ならば少女が持つには不釣り合いな刀が、誰かを殺めた後なのか血に染まっていた。


「……うちに何か用か?」


 刀身から滴る血が、地面に斑模様を刻む。


「誰か殺したの?」


「襲われたから応戦しただけだ」


「あの真っ黒の液体は貴女の仕業?」


「……違う」


 少女は至る所に傷を負っており、それに伴い破れた制服からは華奢な四肢が覗いていた。


「怪我してるよ? 手当てしなきゃ」


「お前の方が血まみれだろ」


「私が怪我してる訳じゃないもん。さっき服に付着しただけ」


「そうかよ。解ったからさっさと消えろ」


 吐き捨てた少女は興味無さげに背を向ける。これ以上話し掛けるなと、あからさまな拒絶だった。


「どうしてそんな事を言うの?」


「どうしてもなにも、明日には死んでいるかもしれない世界で誰かと関わっているほど暇じゃないんだ。誰を殺そうが、うち自身が死のうが、もう全てがどうでもいい」


 一度だけ振り返った少女。それに伴い二人の視線が交わる。淀んだ瞳の奥には途轍も無い悲しみが渦巻いていた。




 刹那、弥夜の本能が告げる。


 ──この子と共に生きろ、と。




 再び背を向けた少女に伸ばされた両手。


 身長は少し負けているね、と思考をした弥夜は、自身よりも少し高い位置にある少女の首元に腕を絡める。驚いたのか僅かに脈打った少女は、振り払おうと腕を振り回す。お構い無しに背後から抱き締め続ける弥夜は、負けじと力強くしがみ付いた。


「私はひいらぎ弥夜やえ。貴女は?」


「離せ、死にたいのか」


 振りほどく事を諦めたのか、少女は動きを止めて抱擁を受け入れる。


「ううん、生きたい。こんな世界でも……生きていたいよ」


「だったら離れろ」


「名前を教えてくれたらね」


 舌打ちと共に苛立ちを浮かべる少女は観念したのか、薄い唇を僅かに動かす。


「……夜葉よるは 茉白ましろ


「素敵な名前だね。私と同じで名前に“夜“が入っているんだね」


「教えただろ、離れろ」


「嫌だ」


「……うっざ。何なんだよお前は」


 顔だけ振り返る茉白。二人の視線が今度は至近距離で交わる。


「もう忘れたの? 弥夜だよ?」


 満面の笑み。優しく口角が吊り上がり、その際に特徴的な八重歯が覗いた。


「ねえ、茉白」


「勝手に呼び捨てにすんな」


「呼び捨てにさせてくれたら離れてあげる」


「お前の言う事は信用ならない」


「女の子なのに口わっる」


 再び舌打ち。彼女は今度こそ弥夜を引き離すと、持っていた刀の切っ先を喉元へと突き付ける。鈍い光を発する銀色の刀身が、切れ味を言わずと物語っていた。


「で、結局うちに何の用だ? 返答次第では殺す」


 刀の切っ先を右手で掴んだ弥夜は、物怖じせずに儚く微笑んだ。常軌を逸した行動。目を細めた茉白は、弥夜という存在に僅かな興味を抱く。


「茉白……私と共に生きない?」


「話が解らない。何故うちがお前と生きなければならない」


「私の本能が、貴女と生きろと言っているの」


 平然と紡いだ弥夜に対し、呆れのため息が吐き出された。


「茉白は人を殺そうが自分が死のうが、そんな事はどうだっていいんでしょ? この穢れた世界に絶望していると、そういう事でしょ?」


「だったら何だ、お前には関係無いだろ」


 僅かに裂ける弥夜の手のひらより血が滴り落ちるも、握られた切っ先が手放される事は無い。それどころか更に力が込められた。


「なら、どちらかが死ぬ瞬間まで一緒に生きようよ。全てがどうでもいいのなら、私と共に来たっていいよね。何をしていようが構わないよね」


 「まあ」と続ける弥夜。


「私はこんな世界でも生きていたいと思うから、貴女にも生きる事に付き合ってもらうつもりだけれど……が来るまではね」


「お前について行って何になる? 死にたくなければうちには関わるな」


 「うーん、そうだねえ」と思考する弥夜は、何かを閃いたのか表情を緩めた。


「とても美味しいご飯を食べさせてあげる。お腹空いたでしょ? こう見えて私、料理が凄く上手なの。もうそれは、言葉にならないくらいにね」


「料理? くっだらねえ」


 「下らなくないもん」と、むっとする弥夜。右手に次いで左手でも刀の切っ先を握り、手のひらに迸る痛みに表情が歪む。


「何の真似だ」


「私と来るのが嫌なら刀を引けば? そしたら刀を握っている私の指は全て斬り落とされ、もう貴女を止める事は出来なくなる」


「脅しのつもりか? うちは簡単に人を殺すぞ」


「だったらやってみなよ」


 力が込められた事により小刻みに揺れる刀、冷戦の如く視線が交差する。迸る不可視の火花。互いの腹を探り合うような睨み合いが勃発した。


「で、どうするの? 私が気に入らないなら殺せば?」


 再びの沈黙は数十秒続く。先に折れたのは茉白であり、刀の柄より手が離された。


「鬱陶しい……解ったよ」


 軽快な音を立てて落下した刀が、光の粒子となって虚空にいざなわれた。


「わお、能力者だったんだ」


「そんな事はいいから、さっさと飯を食わせろ。言葉にならないくらい美味いんだろ? 不味かったら覚えてろよ」


「あれあれ茉白? お腹減ったの?」


「お前が言ったんだろ殺すぞ」


 「相変わらず口わっる」と弥夜。額を小突こうと突き出された手は即座にはたき落とされた。


「家はもう無いから、私が使っている事務所に案内するね。そこで手当てもしてあげる。隣町だから少し歩くけれど我慢してね。それにこの辺りは特別警戒区域だから、あまり長居はしたくない……かえが来ても困るからね」


 「これから宜しくね」と微笑んだ弥夜は先導して歩み始める。崩れかけた建物の路地から覗く、殺意を纏った人影に気付くこと無く。

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