「で、何でカップ麺なんだよ。これがお前の言う、言葉にならないくらい美味い飯か?」
薄汚れた雑居ビル二階。案内された狭い事務所の中で安価なカップ麺を渋々とすする茉白は、嫌というほど食べ慣れ過ぎた味に愚痴を零す。突き刺すような視線が、向かい側のソファに腰掛ける弥夜へと向いた。
「痛った。手のひらが傷だらけで包丁すら握れない。この刀で斬られたような傷は、一体全体何処の誰のせいだろうね」
「お前が自分で握ったんだろ」
「ああでもしないと、貴女は絶対に納得しなかった。そうでしょ?」
「馬鹿かお前は」
「あのねえ、そのカップ麺楽しみにしていたラスイチなのに、譲った人に対して馬鹿とは大層な言い分だね」
自身の手に包帯を巻きながら口を尖らせる弥夜は、すすられて消えゆくカップ麺を絶望的な表情で眺めていた。
「カップ麺が楽しみ? さてはお前、料理出来ないだろ」
「貴女だけには言われたくない」
「悪いけど、うちは料理が得意だ」
「え、まじ?」
茉白も傷跡に包帯が巻かれており、丁寧に手当てが施された事を物語る。手当ての際に暴れたのか、恐らく口角の傷に貼られる予定だったであろう絆創膏は、少しずれて頬に貼り付けられていた。
「少なくともお前よりはな」
「お前、じゃない。弥夜だよ、解った? 口悪いよ? 女の子なんだから、もっとお淑やかにしなきゃ」
「……うっざ。元々こういう性格なんだよ」
「とても可愛い顔をしているくせに似合わないよ? 私の方が可愛いけれど」
「なんだそれ、ナルシストかよ」
ほら、と差し出されたカップ麺は未だ湯気が立ち上っており特有の匂いを漂わせる。お腹を鳴らした弥夜は、込み上げて来た食欲を無理矢理に飲み込んだ。
「食べないの? まだ残ってるよ?」
「楽しみにしてたラスイチなんだろ? 半分は食ったけどな」
「もしかして、案外優しい?」
「知るか。伸びる前にさっさと食え。あと……ご馳走様」
恥ずかしげに目を逸らした茉白は、ぽつりと言葉を置くように吐き出す。 目を丸くした弥夜は暫く固まるも「お粗末さま」と優しく返した。
「ところで茉白、貴女いくつ? 制服を着ているから粗方推測は出来るけれど、まさかコスプレじゃないよね?」
「うちが何歳でも、お前には関係無いだろ」
「そんな事ないよ? これから共に生きるのだから、相方の事を把握しておくのは至極当然の事だと思うけれど。それともコスプレだから恥ずかしくて言えないとか?」
「うちとお前が相方? 笑わせんな」
「ちなみに私は十八。茉白は?」
「お前ほんと人の話聞かないよな」
気怠そうに体重を掛けてソファに身を任せる茉白。「それでいくつなの?」との追撃に諦めのため息が洩れた。
「……十七だ」
「私の方が一つ歳上なんだね。じゃあ、お前呼ばわりはやめてもらわないとね」
優越感をそのまま形にしたような揶揄いの視線が向く。
「知るか」
「先輩は敬わないとね。学校で習わなかった?」
「さあな」
「あっそ」と膨れた弥夜は、カップ麺を啜ると同時に何かに気付き口元に手を当てる。
「もしかして間接キスしちゃった?」
頬を僅かに紅潮させたのは茉白の方だった。
「はあ? 馬鹿でナルシストな上に変態かよ、最悪だな」
「でもこのスープには、少なからず茉白の唾液が入っているんだよ? 潔癖症の人なら食べられないよ?」
「あのなあ、言い方ってもんがあるだろ。それにうちの唾液が汚いみたいに言うな」
可愛らしげに微笑んだ弥夜はおもむろに立ち上がると、事務机の引き出しより飴を取り出して咥える。白い棒状の持ち手が楽しげに動いた。
そんな光景を見て何かを思い出したのか、茉白は懐に手を忍ばせる。取り出されたのは煙草であり、咥えて火をつけた彼女は満足気に紫煙を吐き出した。
「あのさあ……敢えて突っ込まないけれど未成年だよね?」
「さあな」
「早速突っ込んでるだろ」と煙草を咥えたまま吐き捨てられた。
「さあなって、ついさっき十七って言ったじゃん」
「忘れた」
気怠そうに背凭れに身を預ける茉白を見、弥夜は呆れて首を横に振る。
「足癖わっる。脚を広げて座らないの。女の子でしょ?」
「勝手に決めんな、男かもしれないだろ」
「ふーん、屁理屈ばっかり言うんだ。じゃあ私が試してあげよっか? 男か女かなんて触ったらすぐだから」
同性の強みを活かし、一切の躊躇い無しに身体に触れようとする弥夜。「はいはい」と軽く流した茉白は、本当に触れてきた弥夜に面倒臭そうな表情を見せる。
「うちに触るな変態」
「男かもしれないんでしょ?」
「馬鹿かお前は、胸を見れば解るだろうが」
「小さいから、触ってみないとあるかどうか解んない」
「失礼な奴だな。お前も変わらないだろ」
「何それ、失礼な人」
「お前が言うな」
叩き落とされた手。これ以上手を出されない為に渋々と脚を閉じた茉白は、目一杯吸い込んだ煙を吐き出す。
「もう……相性最悪」
部屋内に響き渡る程のため息をついた弥夜は、宙でしばらく居座り続ける紫煙をぼんやりと見つめた。
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