「面倒に事になりましたね」
「放っとけ」
夜羅の部屋にてテーブルを囲む三人。ひよこパジャマと蛇のパーカー、そして弥夜に至っては夜羅と色違い。洗い替え用の、緑のひよこが描かれたパジャマを纏っていた。
「私達がタナトスの目的を暴いた事で、各地で人による能力者狩りが起こっているみたいだね。銃火器やら刃物やらを平気で行使してくるみたいだよ」
「普通の奴等からしたら、いつ出会すか解らない能力者は恐ろしいからな。タナトスの支配下に置かれるとはいえ、奴等の計画に乗った方が安全は保証されるだろ」
テーブルに置かれた湯呑みに口をつける茉白。注がれたコーヒーがあまりにも熱かったのか、即座に口が離され舌が突き出された。
チャンスと言わんばかりに、蛇の舌に触ろうと手を伸ばす弥夜。だが触れる寸前に舌は引っ込められ、伸ばされた手が叩き落とされた。
「痛った。叩く事ないじゃん」
「触ろうとするな」
「茉白? 足癖悪いよ。女の子らしくないよ」
可愛げに女の子座りをする弥夜と夜羅。胡座をかいている茉白は舌打ちをすると二人に倣った。
「似合いませんね」
「どつくぞ」
「まあ冗談はさておき」とコーヒーを啜る夜羅。
「現状、各地の至る所で人と能力者の争いが起こっているのは事実」
「真正面から殺り合えば戦いにすらならないのにね。人の方が圧倒的に数が多いから、能力者と知られないに越したことはないけれど」
「うち等は全員知られてる。まさに敵だらけだな」
茉白と同じく猫舌なのか、コーヒーに何度も息を吹き掛けて冷ます弥夜。それを横から奪い取った茉白は、交換と言わんばかりに自身の分を弥夜の前へと差し出した。
「え!? また間接キスじゃん。あーん茉白可愛い可愛い可愛い」
「冷ますのが面倒なだけだ」
不貞腐れる弥夜を横目に話は進む。
「恐らく、特別警戒区域アリスも例外では無いでしょう。タナトスの計画を知った能力者が既に乗り込んでいる筈です。そもそも……生きる目的が無いと言っていた貴女が、戦う理由など無いように思えますが」
目を伏せる茉白は夜羅の言葉を思い返す。
『もしも生きる為の目的が見付かれば、この世界でもう少し生きてみませんか?』
視線を落とし巡らされる思考。夜羅は、そんな茉白を正視していた。
「見付けたんだ、生きる為の目的」
「……訊いても?」
皮肉に口元を緩めた茉白は、自身に向く漆黒の瞳を真っ直ぐに見返す。
「……死ぬ為だ」
その言葉を聞き、弥夜が儚げに微笑む。
共に生き抜いて死ぬ事、その為に戦う事。理由を全て話した弥夜は小さく吐息をついて心を鎮めた。
「なるほど、無茶をする貴女達らしい」
「稀崎。お前こそ、この世界に生きる価値などとうに無いだとか言ってたな」
「……大切な者を失いましたから」
「ねえ、それは優來とお兄さんの事?」
肯定した夜羅は僅かに瞳を淀ませる。過去に思いを馳せているのか、心此処に在らずと言わんばかりに押し黙っていた。
「ありがとう、優來の事をそんな風に思ってくれて」
「親友でしたから。仇すらまだ討てていない」
「ねえ」と呼び掛ける弥夜。二人の視線がかち合う。
「夜羅も私達と一緒に生きない?」
「死ぬ為にですか?」
「……うん。最期の瞬間まで一緒に生きる、その為にタナトスの目的を阻止するの」
小さく鼻で笑った夜羅はコーヒーを飲み干す。漏れ出た色気のある吐息が静かに宙に溶けた。
「私は夜葉と一時的に手を組んでいました。その理由は、殺されたと思っていた貴女や優來の仇を討つ事。しかし、貴女は生きておりこうして救い出す事が出来ました」
「弥夜を助けられた以上、もううちと組む必要も無くなったって訳か」
「ご明察。後は蓮城を殺せば私の目的は終わる。この国がどうなろうが、誰が死のうが、後の事は私には関係ありません」
「ですが」とひよこのぬいぐるみが強く抱き締められた。
「夜葉は私の為に殴られて傷だらけになってくれました。柊は悩む私に、素直に生きろと背を押してくれました」
抱き締められたぬいぐるみは力で変形し、それを見た茉白が即座に取り上げる。ひよこはそのまま、色白の太ももの上で縄張りを主張するように居座った。
「だから……付き合いましょう。貴女達だけでは弱過ぎて、全く以て話になりませんから。殺されるのも時間の問題でしょう」
「はあ? お前よりうちの方が強いだろ」
「何を言い出すのかと思えば稚拙なご冗談を」
小さな舌打ち。温くなったコーヒーに口をつけた弥夜は、口内にゆっくりと充満する苦味を堪能する。
「夜羅……ありがとう」
「明けない夜は無いと、夜葉にそう言ったそうですね」
「……うん」
「今まさに、この国はタナトスによって永遠の夜を迎えようとしています。明けない夜は無いと、その答えを……私に教えて下さい」
大きく頷く弥夜。各々の傷の手当も済み、戦いとは打って変わって緩やかな時間が流れる。
「約束だよ? 皆で生き抜くって」
「死ぬ為に生きる。皮肉が効いていて良いですね」
「茉白も解った? 約束して」
「ああ」
「そんな返事、女の子らしくないよ」
「……うん」
「はい、よく出来ました」
唐突に茉白の太ももに座るひよこを取り上げた弥夜は、勢い良く膝枕の要領で寝転んだ。
「茉白の生脚……えっちだね」
太ももに頬が擦り付けられる。
「離れろ変態毒蟲」
「変態毒蟲!? そんなこと言うならやだやだ」
「お前はすぐ涎を垂らすだろ」
「いいじゃん涎くらい。私は気にしないよ?」
「うちが気にするんだよ、毎度涎まみれにしやがって」
変態毒蟲を押し退けようと肩に手を掛ける茉白。瞬間、弥夜が何かを堪えるような顔をする。
「痛いよ、戦闘の傷が……」
即座に手を引いた茉白は「悪い」と謝罪した。
「柊は肩に怪我を負っていない筈ですが。先程手当した箇所に肩はありませんでしたよ」
二人の様子を冷静に見ていた夜羅は、コーヒーのおかわりを淹れると喉を潤す。
「えへへ」
「えへへ、じゃないだろ」
嘘を見抜かれ顔を引き攣らせた弥夜は、絶対に離れまいと茉白に強く抱き付いた。
「解ったから、風呂でも入ってこい泥だらけだ」
乱れてしまった服が正される。「ありがと」と微笑んだ弥夜は身体を起こした。
「広くはないですがご自由に使って下さい」
「ありがとう夜羅、お言葉に甘えさせてもらうね。歯ブラシも使っていいの?」
「歯ブラシですか」と少し考え込んだ夜羅はこくりと頷く。
「いいですよ」
「良い訳ないだろ。馬鹿かお前等」
「どうして?」
「あのなあ、他人の歯ブラシを使うなんて嫌だろ」
「茉白とか夜羅のなら嫌じゃないよ? それに他人じゃないもん」
大きなため息をついた茉白は、おもむろに立ち上がると後頭部を雑に掻いた。
「買って来てやるよ。どのみち傷を癒すのにこの部屋をしばらく使わせてもらうんだろ? 必要最低限の物は揃えてくる」
お金を持っていない為、弥夜の財布を鷲掴みにした茉白。ファスナーに付けられた可愛いストラップが揺れる。
「私も行く」
「お前は黙って風呂に入ってろ。トラブルメーカーは深夜に出歩くな。稀崎、弥夜がうちを追って来ないように見ておいてくれ」
「大丈夫ですよ、柊。こうは言っていますが、貴女と再び離れるのが怖いだけですから」
「……くそが」
照れ隠しで泳ぐ視線。「借りるぞ」とクローゼットを漁った茉白は、適当なジーパンとキャミソールに着替えると上からカーディガンを羽織った。
「夜葉、お腹が空きました」
「どうせこの時間だ、コンビニしか開いてないだろ。ついでに見て来る」
「なら全て私の奢りです。一生遊んで暮らせる程のお金は稼ぎましたから」
「凄い夜羅。悪いお仕事でもしたの?」
「還し屋の頃、殺した能力者から奪い取っていました」
「ただのカツアゲだろ」
「死体からのカツアゲなんて笑えますね」
くすくす、と口元に手を添える夜羅。あどけない笑みが浮かぶ。
「笑えねえよ」
吐き捨てた茉白は煙草を咥えると部屋を後にした。
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