毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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歪に軋む歯車

歯ブラシは共用ですか?

公開日時: 2021年5月31日(月) 12:38
更新日時: 2021年5月31日(月) 17:42
文字数:3,155

「面倒に事になりましたね」


「放っとけ」


 夜羅の部屋にてテーブルを囲む三人。ひよこパジャマと蛇のパーカー、そして弥夜に至っては夜羅と色違い。洗い替え用の、緑のひよこが描かれたパジャマを纏っていた。


「私達がタナトスの目的を暴いた事で、各地で人による能力者狩りが起こっているみたいだね。銃火器やら刃物やらを平気で行使してくるみたいだよ」


「普通の奴等からしたら、いつ出くわすか解らない能力者は恐ろしいからな。タナトスの支配下に置かれるとはいえ、奴等の計画に乗った方が安全は保証されるだろ」


 テーブルに置かれた湯呑みに口をつける茉白。注がれたコーヒーがあまりにも熱かったのか、即座に口が離され舌が突き出された。


 チャンスと言わんばかりに、蛇の舌に触ろうと手を伸ばす弥夜。だが触れる寸前に舌は引っ込められ、伸ばされた手がはたき落とされた。


「痛った。叩く事ないじゃん」


「触ろうとするな」


「茉白? 足癖悪いよ。女の子らしくないよ」


 可愛げに女の子座りをする弥夜と夜羅。胡座をかいている茉白は舌打ちをすると二人に倣った。


「似合いませんね」


「どつくぞ」


 「まあ冗談はさておき」とコーヒーを啜る夜羅。


「現状、各地の至る所で人と能力者の争いが起こっているのは事実」


「真正面から殺り合えば戦いにすらならないのにね。人の方が圧倒的に数が多いから、能力者と知られないに越したことはないけれど」


「うち等は全員知られてる。まさに敵だらけだな」


 茉白と同じく猫舌なのか、コーヒーに何度も息を吹き掛けて冷ます弥夜。それを横から奪い取った茉白は、交換と言わんばかりに自身の分を弥夜の前へと差し出した。


「え!? また間接キスじゃん。あーん茉白可愛い可愛い可愛い」


「冷ますのが面倒なだけだ」


 不貞腐れる弥夜を横目に話は進む。


「恐らく、特別警戒区域アリスも例外では無いでしょう。タナトスの計画を知った能力者が既に乗り込んでいる筈です。そもそも……生きる目的が無いと言っていた貴女が、戦う理由など無いように思えますが」


 目を伏せる茉白は夜羅の言葉を思い返す。




『もしも生きる為の目的が見付かれば、この世界でもう少し生きてみませんか?』




 視線を落とし巡らされる思考。夜羅は、そんな茉白を正視していた。


「見付けたんだ、生きる為の目的」


「……訊いても?」


 皮肉に口元を緩めた茉白は、自身に向く漆黒の瞳を真っ直ぐに見返す。


「……死ぬ為だ」


 その言葉を聞き、弥夜が儚げに微笑む。


 共に生き抜いて死ぬ事、その為に戦う事。理由を全て話した弥夜は小さく吐息をついて心を鎮めた。


「なるほど、無茶をする貴女達らしい」


「稀崎。お前こそ、この世界に生きる価値などとうに無いだとか言ってたな」


「……大切な者を失いましたから」


「ねえ、それは優來とお兄さんの事?」


 肯定した夜羅は僅かに瞳を淀ませる。過去に思いを馳せているのか、心此処に在らずと言わんばかりに押し黙っていた。


「ありがとう、優來の事をそんな風に思ってくれて」


「親友でしたから。仇すらまだ討てていない」


 「ねえ」と呼び掛ける弥夜。二人の視線がかち合う。


「夜羅も私達と一緒に生きない?」


「死ぬ為にですか?」


「……うん。最期の瞬間まで一緒に生きる、その為にタナトスの目的を阻止するの」


 小さく鼻で笑った夜羅はコーヒーを飲み干す。漏れ出た色気のある吐息が静かに宙に溶けた。


「私は夜葉と一時的に手を組んでいました。その理由は、殺されたと思っていた貴女や優來の仇を討つ事。しかし、貴女は生きておりこうして救い出す事が出来ました」


「弥夜を助けられた以上、もううちと組む必要も無くなったって訳か」


「ご明察。後は蓮城を殺せば私の目的は終わる。この国がどうなろうが、誰が死のうが、後の事は私には関係ありません」


 「ですが」とひよこのぬいぐるみが強く抱き締められた。


「夜葉は私の為に殴られて傷だらけになってくれました。柊は悩む私に、素直に生きろと背を押してくれました」


 抱き締められたぬいぐるみは力で変形し、それを見た茉白が即座に取り上げる。ひよこはそのまま、色白の太ももの上で縄張りを主張するように居座った。


「だから……付き合いましょう。貴女達だけでは弱過ぎて、全く以て話になりませんから。殺されるのも時間の問題でしょう」


「はあ? お前よりうちの方が強いだろ」


「何を言い出すのかと思えば稚拙なご冗談を」


 小さな舌打ち。ぬるくなったコーヒーに口をつけた弥夜は、口内にゆっくりと充満する苦味を堪能する。


「夜羅……ありがとう」


「明けない夜は無いと、夜葉にそう言ったそうですね」


「……うん」


「今まさに、この国はタナトスによって永遠の夜を迎えようとしています。明けない夜は無いと、その答えを……私に教えて下さい」


 大きく頷く弥夜。各々の傷の手当も済み、戦いとは打って変わって緩やかな時間が流れる。


「約束だよ? 皆で生き抜くって」


「死ぬ為に生きる。皮肉が効いていて良いですね」


「茉白も解った? 約束して」


「ああ」


「そんな返事、女の子らしくないよ」


「……うん」


「はい、よく出来ました」


 唐突に茉白の太ももに座るひよこを取り上げた弥夜は、勢い良く膝枕の要領で寝転んだ。


「茉白の生脚……えっちだね」


 太ももに頬が擦り付けられる。


「離れろ変態毒蟲」


「変態毒蟲!? そんなこと言うならやだやだ」


「お前はすぐ涎を垂らすだろ」


「いいじゃん涎くらい。私は気にしないよ?」


「うちが気にするんだよ、毎度涎まみれにしやがって」


 変態毒蟲を押し退けようと肩に手を掛ける茉白。瞬間、弥夜が何かを堪えるような顔をする。


「痛いよ、戦闘の傷が……」


 即座に手を引いた茉白は「悪い」と謝罪した。


「柊は肩に怪我を負っていない筈ですが。先程手当した箇所に肩はありませんでしたよ」


 二人の様子を冷静に見ていた夜羅は、コーヒーのおかわりを淹れると喉を潤す。


「えへへ」


「えへへ、じゃないだろ」


 嘘を見抜かれ顔を引き攣らせた弥夜は、絶対に離れまいと茉白に強く抱き付いた。


「解ったから、風呂でも入ってこい泥だらけだ」


 乱れてしまった服が正される。「ありがと」と微笑んだ弥夜は身体を起こした。


「広くはないですがご自由に使って下さい」


「ありがとう夜羅、お言葉に甘えさせてもらうね。歯ブラシも使っていいの?」


 「歯ブラシですか」と少し考え込んだ夜羅はこくりと頷く。


「いいですよ」


「良い訳ないだろ。馬鹿かお前等」


「どうして?」


「あのなあ、他人の歯ブラシを使うなんて嫌だろ」


「茉白とか夜羅のなら嫌じゃないよ? それに他人じゃないもん」


 大きなため息をついた茉白は、おもむろに立ち上がると後頭部を雑に掻いた。


「買って来てやるよ。どのみち傷を癒すのにこの部屋をしばらく使わせてもらうんだろ? 必要最低限の物は揃えてくる」


 お金を持っていない為、弥夜の財布を鷲掴みにした茉白。ファスナーに付けられた可愛いストラップが揺れる。


「私も行く」


「お前は黙って風呂に入ってろ。トラブルメーカーは深夜に出歩くな。稀崎、弥夜がうちを追って来ないように見ておいてくれ」


「大丈夫ですよ、柊。こうは言っていますが、貴女と再び離れるのが怖いだけですから」


「……くそが」


 照れ隠しで泳ぐ視線。「借りるぞ」とクローゼットを漁った茉白は、適当なジーパンとキャミソールに着替えると上からカーディガンを羽織った。


「夜葉、お腹が空きました」


「どうせこの時間だ、コンビニしか開いてないだろ。ついでに見て来る」


「なら全て私の奢りです。一生遊んで暮らせる程のお金は稼ぎましたから」


「凄い夜羅。悪いお仕事でもしたの?」


「還し屋の頃、殺した能力者から奪い取っていました」


「ただのカツアゲだろ」


「死体からのカツアゲなんて笑えますね」


 くすくす、と口元に手を添える夜羅。あどけない笑みが浮かぶ。


「笑えねえよ」


 吐き捨てた茉白は煙草を咥えると部屋を後にした。

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