毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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撃ち抜かれた代償

公開日時: 2021年6月5日(土) 13:00
文字数:1,659

 戦闘や連日の疲労も相まって死んだように眠っていた弥夜。自身に肉薄する温もりが、微睡みの淵より意識を徐々に回帰させる。


「茉白……?」


 先に起きていた茉白の呼吸は荒く、その温もりが高熱である事に気付いた弥夜は飛び起きた。太ももを枕にして眠る弥夜を起こさないようにと、茉白は身動き一つとっていなかった。


「寝過ぎだ、また涎まみれだろ」


「凄い熱だよ茉白!!」


 額に当てられた手のひらが明らかな高熱を主張する。周囲を見渡した弥夜は、綺麗に畳んで積まれたタオルを濡らし、茉白を無理矢理ベッドに寝かせると額に乗せた。


「風邪引いただけだ」


 吐き捨てた茉白は手を払いける。


「ごめん、私が茉白の上で寝たから」


「ただの偶然だ。こんなもん一日寝れば治るだろ、傷を癒す時間に丁度いい」


 いつものように振る舞う茉白に僅かに胸を撫で下ろす。荒い呼吸も落ち着きを取り戻したのか、徐々に鎮まりを見せた。


「市販の風邪薬ならありましたよ」


 引き出しを漁っていた夜羅が水と錠剤を差し出す。「悪いな」と服用した茉白は小さく息を吐いた。カーテンの隙間から覗く景色は鈍い夜闇。昨夜の満月が嘘のように分厚い雲に隠されていた。


「稀崎、早く行って来い。うちは少し休ませてもらうから弥夜を連れて行け」


「こんな状況で行けと?」


「ただの風邪だろ」


「悪化されると面倒なので」


「お前等に移って寝込まれた方が面倒だ。それに、今こうしている間にもゆずりはは襲われているかもしれないだろ。もしも戦闘になった時の為に弥夜と一緒に行け。うちの相方は強いから大丈夫だ」


 「それと」と続ける茉白は言い辛そうに目を逸らす。


「万が一うちに何かあれば……その時は躊躇い無く殺せ」


 掠れた声で紡ぎながら背を向けた茉白は布団を頭まで被る。これ以上は取り合わないという意思表示だった。


「茉白? どういう事?」


 顔を見合わせる弥夜と夜羅。


「さっさと行け。帰りにスポーツドリンクでも買って来てくれ」


「行こう、夜羅。安全を確認したらすぐに帰って来ればいい」


「そうですね。夜葉、すぐに戻ります」


 支度を済ませて部屋を後にした二人。気配が無くなった事を確認した茉白は、ベッドから転がり落ちると脂汗の滲む顔に手を当てて苛立ちを露にする。


「──ッ!!」


 激痛を主張する左肩部分の包帯が乱暴にほどかれる。遊園地での戦闘の際、タナトスの女から銃弾を受けた箇所だった。


 能力者の治癒速度は早い為に傷は塞がり始めているが、傷跡を囲うように気泡を孕んだ真黒の液体が付着していた。間違い無く何らかの毒だ、と認識した茉白の脳内に言葉が蘇る。




『さて、貴女はどれくらい耐えるかしら?』




 女の台詞が何度も揺り返した。


「……あのクソ女」


 ふらつきながらもキッチンへと辿り着いた茉白は、シンクに左腕を捻じ入れて傷跡を洗い流す。冷えた水が意識を幾らか鮮明に覚醒させるも、刻まれた毒跡が消える事は無かった。


 思考を朦朧とさせる高熱。壁に凭れ掛かってずり落ちた茉白は、立てた膝の間に頭を落とした。


「弥夜、稀崎……」


 うちはもう一緒に戦えないかもしれない、そんな想いが無意識の内に胸中に湧く。「……くっだらねえ」と吐き捨てた茉白の口元には、自身に対する嘲笑が浮かんでいた。


 痛みを堪えて立ち上がった茉白はカーテンを開ける。分厚い雲の向こう側で光を主張する満月が、穢れた夜闇を仄かに彩っていた。


 特別警戒区域アリスにて、弥夜と出会った日の記憶が唐突に蘇る。


 いきなり抱き付いて来たり、勝手に名前を呼び捨てにしたり、煙草を注意したり、距離感の解らない奴だった。運転も下手くそだったな。稀崎との戦闘を経てラブホテルに泊まらされ、如月の屋台のぬいぐるみを見て、それからお弁当を作ってくれて、救いの街へと乗り込んで──


 無限に連鎖していく記憶の断片。無意識に頬を伝う涙。自身が涙していた事に目を見開いた茉白は歯を食い縛りながら啜り泣く。


「……くそが、うちも一緒に戦わせろよ。護らせろよ。最期まで一緒に居て、一緒に過ごして死ぬんだろうが」


 初めて死を恐れた。

 初めて先を望んだ。


 初めて──抗えぬ痛みに意識を手放した。

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