「お前が人を殺す事に、一切の躊躇いを見せないのは意外だった」
「こんな世界なんだから殺らなきゃ殺られる……至極当然の事だよ」
「解っていればいい。殺さなければ傷はいつか癒えてしまう。情けをかければ次に殺されるのは自分だからな。自分を傷付けた者の顔なんて一生忘れないだろ」
「そうだね」と納刀する弥夜。
「此処は制圧出来たけれど、結局は外に出ないと何も情報は得られないよね。さすがに一階の機械で虱潰しに探す訳にもいかないし」
「探してる間に囲まれて終わりだろうな」
「ねえ、やっぱり夜羅と合流しない? 何か情報を持っているかもしれないし」
「お前は馬鹿か? 稀崎がうち等に向かって来ない保証は無いだろ。自ら敵を増やしてどうするつもりだ」
「それは大丈夫。救いの街を出たらどうなるかは解らないけれど、あの子は少なくとも此処では私達の敵じゃない。さっき囲まれていたのが何よりの証拠だよ」
「ったく……好きにしろ」
「さっすが私の相方、超優しい」
特大の舌打ちは当然の如く女の子らしくないと叱られる。後頭部を雑に掻いた茉白は、心底面倒臭そうにため息をついた。
「いいか? 稀崎が何か情報を持っている可能性があるから加勢するだけだ」
今度は飛び降りること無くエレベーターを使って一階へと下りた二人は、エントランスに敵が居ない事を確認すると安堵する。
「もしも情報を持っていなかったら、一度退く選択も視野に入れないといけないね。宛も無く動いていたらただ死に急ぐだけ……それほど馬鹿な話は無い」
「この数から逃げられると思うか?」
「私の相方は最強だから」
「……くそが、うち任せかよ」
「こら、口悪いよ」
「どの口が言うんだよ。東雲に蛆虫だとか言ってただろ」
「茉白だって豚って言ってたじゃん」
夜羅が交戦中のD区画に辿り着いた二人は、未だ囲まれる彼女の姿を発見する。蒼白の霊魂に触れて凄まじい速さで敵は溶けていくも、押し寄せる数が遥かに上回っていた。
「遅れるなよ弥夜」
「……あのね、私に考えがあるの」
刀を振るい集団に切り込んだ茉白は、喚び寄せた無数の蛇で辺りを無差別に喰らい尽くす。
第三勢力の乱入にどよめく集団。
未だ、中央部分では夜羅がたった一人で持ち堪えている。魔力による蛇達は、獲物を見付けたと言わんばかりに嬉々として牙を剥いて暴れ狂った。
そんな中、茉白は気付く。
弥夜の姿を見失った事に。
「あの馬鹿……」
だが現状は敵陣ど真ん中、探しに行ける状況では無い。解っているからこそ、茉白は中央まで無理矢理に道を抉じ開け、夜羅との合流を選択した。
「よう稀崎。ざまあねえな」
「夜葉……? 何故此処に……?」
「うちの馬鹿の用事、その付き合いだ」
「母親を救いに来たという訳ですか」
「話は聞いた、お前も似たようなもんだろ」
夜羅の背後に迫った男を切り裂いた茉白は、次いで広範囲に刀を薙ぐ。即座に死という事実を突き付けられた集団は、為す術なく灰と化した。
「もっと素直に生きろと、私に説教を垂れた者がいましてね。己の心に従って……素直に生きてみようと思った次第です」
「その割には囲まれてんだろ。サイコ女もとうとう成仏ってか?」
「餓鬼が減らず口を。貴女から殺しましょうか? 毒蛇」
霊魂が茉白のすぐ横を通過し、刀を振り下ろそうとしていた男が溶解する。悲鳴すら赦されずグロテスクな溶け様を晒した男は、蝋の如く液体と化して地に馴染んだ。
「上等だやってみろよ!!」
「冗談ですよ。此処は共闘しましょう。今、私は時間稼ぎをしていたのです」
「……時間稼ぎ?」
「はい」と紡いだ夜羅は逆手に持った二本の脇差を振り抜く。一振りで相手の得物をへし折り、二振り目で完全に息の根を止めた。
その一部始終において、瞬きは一度足りとも行われない。明らかに場数を踏んで来た戦いぶりに、周囲の者達は明白な警戒を示した。
「こうしてたった一人の鼠を、長時間殺し倦ねていればどうなりますか?」
「上のやつを誘き寄せる為の演技かよ。さすがはサイコ女。罠に引っ掛かったと思わせて、そこにまた別の餌を仕掛けた訳だ」
「蛇と違い、脳味噌がありますから」
挑発。顳顬が、人差し指で二度軽く叩かれた。
「……絶対後で殺す。それはともかく、最高責任者とは会って来た。詳細は此処を切り抜けたら教えてやるよ。後はそうだな、蓮城とかいう奴が此処に鎮圧に来るそうだ」
「そうですか、なら時間稼ぎは終わりですね」
霊魂が不規則に浮遊し、辺りの敵を無差別に溶かす。対する茉白は霊魂が討ち漏らした範囲を的確に援護し、いつしか二人は背中合わせとなった。
「一気に片付けます。死にたくなければ巻き込まれないよう、十分に留意して下さい『草木も溶ける丑三つ時』」
夜羅の握る二本の脇差が意志を持つ如く鼓動する。
「見せるのは初めてでしたね、これが私の力です」
鼓動は次第に大きさを増し、辺りに不気味な心音を撒き散らす。次第に早くなった心音はぴたりと止むと、辺りの霊魂が夜羅へと取り込まれた。
放出される蒼白の魔力。僅かに透けた身体は人で在る事を自ら否定するかのよう。五つの霊魂が無より現れて、付き従うように夜羅の周囲を浮遊した。
「成仏でもするつもりか?」
「巻き込まれない心配をした方が身の為だと思いますが」
靴先で軽く地を叩いた夜羅。
「現世と常世の狭間……それこそが私の神域」
叩かれた一点より、波紋の如く底無しの闇が拡がる。それは瞬く間に広範囲に拡大し、気泡のような煮立つ音を奏でて不気味に蠢いていた。
「引き摺り落としなさい、常世の奥底……光すら届かない闇の中へ」
突如として集団の中心部より叫び声があがり、甲高い悲鳴は連鎖する。無数に湧き上がった生気の宿らない腕が、辺りの者達に無差別に絡み付いていた。
「おい!!」
茉白にも例外無く絡み付いた腕は、容赦無く引き込もうと身体に負荷を掛けた。
「……失礼しました」
「ふざけんな、絶対わざとだろサイコ女」
腕から解放された茉白は、地獄絵図と化した周囲を見渡す。拡がった闇に引き摺り込まれた者達は原型が判別不可能な程に溶解しており、夜羅は無言で事の行く末を見据えていた。
まさに一掃。
静けさを助長するように、緩やかな潮風が吹き抜けた。
「うちの獲物まで殺んなよ」
「心配なさらずとも……」
小さく息を吐き出した夜羅は、腕を交差して逆手に持った脇差を構える。茉白もまた、彼女に倣った。
「どんだけいるんだよ」
「退屈はしなさそうですね」
再び押し寄せる軍勢。瞬く間に囲まれた二人は、音を立てて迫り来る死に辟易する。
「次はうちが喰らい尽くす。巻き込まれるなよ」
魔力を高めた茉白ではあるが、唐突に木霊したクラクションにより場の空気は一変する。二人の元へ二トントラックが猛スピードで突っ込んで来ており、それは此処へ来る際に茉白と弥夜が乗って来た車体だった。
「なるほど。柊の姿が無いと思えば、そういう事でしたか」
運転席には弥夜の姿。ハンドルを左右にめちゃくちゃに切り、無差別に人を轢き殺してゆく。
「柊は確か運転が苦手でしたよね? 私から逃亡している時も、素人が運転しているのかと思っていました」
「仮免許だそうだ」
縦横無尽にアクセルやブレーキを駆使して立ち回る二トントラック。乗りこなすと言うよりは遊ばれている感じではあるが、辺りの敵の数は瞬く間に減っていく。
「おい稀崎!! こっちに来るぞ!!」
二人へ衝突する直前にドリフトを決めた弥夜は、以前とは違い綺麗な弧を描くと、車体の側面で大量の者達を薙ぎ払った。
「茉白!! 夜羅!! 早く乗って」
叫ぶ弥夜は助手席のドアを強く蹴り開ける。顔を見合せた二人は即座に意志を汲み取ると、トラックへと駆け込むように乗り込んだ。
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