毒姫達の死行情動

其れが──私達の死行情動
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爆ぜる景色

公開日時: 2021年5月11日(火) 18:15
文字数:2,651

 ピエロの仮想をした男、もとい如月の出す屋台は相変わらず賑わっており、暗くなり始めたというのに子供達が蟻のように群がっていた。


「やっぱりまだ居るみたいだな」


 ポケットに手を入れたまま煙草を咥える茉白は、立ち込める煙越しに如月を正視する。


「あれが如月ですか。確かに貴女の言う通り、同じぬいぐるみがたくさん売られていますね」


 少し離れた建物の影より様子を伺う二人。風船が配られる事で、子供達はみな幸せそうな笑みを浮かべていた。


「そういえば、ぬいぐるみの頭を千切ってしまったので新しいのを買いましょうか? 右から二番目の水色のくまさんはどうでしょうか?」


 遠目に確認した茉白は、素直に可愛いという感情を抱く。


「盗聴器が入ってるんだろ?」


「あれも入っていますね。要りますか? お金ならありますよ」


「要る訳ないだろ、馬鹿かお前は。ほんっとサイコパスだよな」


「頭を千切った時にあれだけ落ち込んでいたくせに?」


 特大の舌打ちと共に「……うっざ」と吐き捨てられた。


「ところで、此処は私が行くべきでしょうか? 貴女は顔も割れていますから」


「誰が行こうが同じだ。情報を持っていれば聞き出し、そうでなければ殺す。それだけの話だろ」


 煙草をポイ捨てせずに手中で灰にした茉白は、瞳に多大な殺意を宿らせる。そして、ガードレールを飛び越えて如月へと躊躇わずに歩み寄った。


「夜葉……!!」


「回りくどいのはごめんだ。こっちは相方を殺られてんだよ」


「この単細胞。少しは考えて下さい」


 単純明快な、殺す事のみを言わずと提示する殺意。人を一切寄せ付けない雰囲気に子供達の視線が集まる。


「よう、ピエロ野郎」


 呼び掛けとほぼ同時に交差する視線。日本刀を具現化しようと試みる茉白の腕を、夜羅が優しく手を置くことで制した。


「皆、せっかくお楽しみの所をごめんなさい。お姉さん達はこのお店の人にお話があるのです。屋台はお終いみたいなので、今日は解散していただけますか? 遅くまで遊んでいるとこわーい鬼さんが来ますよ。この人のように」


「くそが、誰が鬼だよ」


 指差された茉白は舌打ちをしてそっぽを向いた。子供達になるべく優しい顔で帰宅を促す夜羅は、不器用な微笑みを浮かべながら説得する。子供達は口々に残念がりながらも散り散りとなり、残った三人の間には異様な空気が流れた。


 ピエロの仮想をした男は気まずそうに後頭部を掻く。


「ごめんね、風船はもう無くなってしまったんだ。ぬいぐるみならまだ残っているけれど、良かったらお一つどうかな? 君は昨日も来てくれていたし、誰も見ていないから特別に半額にしてあげるよ」


 茉白に対して優しい笑みが向く。色とりどりの熊がつぶらな瞳を惜しげも無く晒していた。


「……半額? それは盗聴器とGPS込みの値段か? 如月」


「なるほど、早速報復に来た訳かい。まさかもう正体が割れているとは」


「お前等の目的は何だ」


 子供達が居ない事を確認した茉白は、具現化した刀の切っ先を突き付ける。躊躇いの無さが、宿す殺意が本物である事を容易く物語っていた。


「八十階での自爆の中、よく生きていたね。まさか飛び降りるなんて予想だにしなかった。そっちの稀崎も、あの人数に囲まれて生きている事が不思議なくらいだよ」


「うちはそんな事を聞いているんじゃない」


 切っ先が喉元を僅かに傷付け、つうっと流れ落ちた血液が静かに肌を伝う。


「おっと。相変わらず乱暴者だ」


 両手を上げた如月は「そうそう」と切り返す。


「まさか君達が盗聴器とGPSに気付くなんて思いもしなかったよ。僕の思惑通り」


「何が言いたい?」


「体内に仕込んだ盗聴器からは微弱な電磁波を放出させているんだ。本命の、頭部に仕込んだ小型爆弾をカモフラージュする為にね」

 小型爆弾、という言葉に鼓動が高鳴る。


 瞬間、立っている事が曖昧になるほどの、轟音を伴う地鳴りが引き起こる。広範囲の至る所で灼熱を巻き上げる爆発は、僅か数秒で人々を混乱へと陥れた。


 風に乗り運ばれてくる灰と、様々な物が燃えた際の嫌な匂いが充満する。そして暗くなってしまった空の中でも歪に映える黒煙や、異常を検知して鳴り響く警報。その中に混ざる焦燥を含んだ悲鳴。


 今この場は、様々な事象が混じり合い混沌とする。


「ああ、世界が浄化されてゆく……」


 纏っていたピエロの仮装が脱ぎ捨てられた。姿を見せた如月は、眼前の二人に一切の感情の起伏が無い事に目を細める。


「人が大量に死んだと言うのに、何故冷静でいられるんだい?」


 下卑た笑みに、試すような表情が浮かぶ。


「別に誰が死のうがうちには関係無い。この世界で人が死ぬ事なんて日常茶飯事だろ、今更何も思わない」


「腹立たしいですが、夜葉と同感です」


 顔を見合わせた二人は、意見があった事に反発するようにそっぽを向き合う。


「君達もこちら側の人間か。まあ、此処で死んでもらうけど」


「こちら側? お前等と同じにするなよゴミ共」


 跳ね上がる殺意。持ち上げられた刀が落下を辿る。だが、刀を振り下ろす寸前の茉白が突き飛ばされた。そのまま地面に押し倒した夜羅は護るように覆い被さる。間髪入れずに屋台のぬいぐるみが急激な熱を帯び、激烈な熱風と轟音を撒き散らした。


 販売されていたぬいぐるみの連続的な誘爆。光の概念さえ否定するような爆発は、辺りの景色を捻じ曲げて視界全てを灼熱へと塗り替える。


「随分と手荒な歓迎をしてくれますね」


 爆発により削り取られた景色。建物の壁面や大通りは捲れあがり、標識や信号機ですらへし折れていた。


「あの野郎……何処行きやがった」


 へし折れた電柱に身体を穿たれた者が、口から形容し難い液体を吐き出して生命活動を終えている。飛散したガラス片が全身に突き刺さり、大量に出血して絶命する者も見受けられた。


 荒れ果てた中を浮遊する蒼白の霊魂。夜羅の喚び出した霊魂が無数に繋がる事により、二人は爆発の衝撃をやり過ごしていた。


「無事で良かったです」


 覆い被さる事により至近距離でかち合う視線。互いの綺麗な顔立ちが、互いの視界に鮮明に映る。


「助かった。でも早く降りろ」


 見上げる深紫の瞳と、見下ろす闇のような漆黒の瞳。夜羅の大人びたサイドテールの髪が、下にいる茉白の顔に落ちる。


「このまま貴女を殺しましょうか? 毒蛇を葬る絶好の機会です」


「やんのかよ」


「冗談ですよ」


「このほうきをどけろ」


「箒じゃありません、私のサイドテールです」


 素直に降りた夜羅は、茉白に手を貸すと優しく引っ張り起こす。「悪いな」と小さく感謝を述べた茉白は周囲を見渡した。


 荒れ果てた光景。


 此処ら一帯は、街としての機能を尽く失っていた。

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