落胆して音も出せない陽をトランクに詰めて、三人は祖父の部屋を後にした。
病院を出ると、白い雲が青空を覆っていた。じめっとした暑さが体を包む。じりじりした虫の声が、三人と一匹の沈黙を埋める。
近くの公園まで来て、先頭を歩いていた竜が立ち止まった。
「話してもらおう」
雫が、「はい」とうなずいた。
姫は、「私は、陽と話しているわ」と、少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。竜と雫が何の話をするのかは、なんとなく察しがつく。雫が白か黒か、その点を問答するのだろう。
たしかにそれも大切なことだが、今は何より、陽と話をしなければならない。
黒いトランクを開け、ぐったりした体を抱き上げる。陽は人形のように、されるがままに抱きしめられた。
「陽、待ってて。私、この石を咲かせてみせる。そして必ず、陽を、もとの姿に戻すわ」
竜でさえ、毎夜鬼を倒すこと四年、未だ蕾のままである。まして力を扱えない自分など、何年かかるか分からない。それでも、陽を悲しみに沈めていたくはなかった。自分にできる全てをかけて、力になりたかった。
陽は姫の肩に頭をもたげて、「ありがとな」とつぶやいた。消え入りそうな声だった。
「でもさ、姫にそんなこと、させたくないよ。危ないし、何かを傷つけるなんて、たとえ鬼であっても、姫はいやだろ。姫を傷つけたくないんだ」
陽は首をねじらせて、姫の瞳を覗き込み、やわらかく笑った。
「じいちゃんの言う通り。生きているだけでラッキー。姫といられるんなら、なんか、それだけでいいや。どんな姿でも」
納得しているはずはない。自分に言い聞かせているだけだ。
姫は、言葉を探した。今の陽に必要な言葉を。こくん、と飲み込んで、震える唇を開く。
「私は……陽がどんな姿でも……陽が、好きよ」
陽の目が、大きく見開かれた。
「ほんと? どんな、姿でも……?」
「ええ。だって、陽は陽だもの」
目が、熱い。シャボン玉を集めたように、きらめきでいっぱいになる。
瞬きをするのも、うつむくのも、みっともなくてできない。それでも、あふれてとまらない。
心の底から、噴水のように、温かなひだまりが湧き上がる。自分の全てを満たしていく。
息ができないくらい、幸せで幸せで、たまらない。
ややあって、陽が小さく口を開いた。
「あのさ……戦いなんて、しなくていいよ。そのかわり―ずっと、一緒にいてほしい。俺は、それで、猫だろうとなんだろうと、幸せに生きていけるから」
姫は微笑み、「もちろんよ」とうなずいた。
空を、二人を、淡い橙が染めていく。
影は深く、黒く伸びてきていた。
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