深夜二時、風はない。
紫のほのかな灯りの中を、脱兎のごとき黒い影が駆け抜ける。
ひゅうひゅうと、荒い息で助けを求めながら。
迫りくる青い刃を、何度も何度も振り返りながら。
だが、最後に振り返った時。青い閃光が宙を横切り――その黒い獣の首は、夜闇に飛んでいた。
砂になった体は、男の右手中指に輝く赤い石に吸い込まれていく。
その頭上を、影が覆う。
鋭く、真っ赤な、無数の眼光が降り注ぐ。
蝙蝠か。羽の生えた巨大な鼠か。否、違う。
奴らは、鬼だ。
「よくも俺たちの大将をやってくれたな……」
「許さん……! お前を喰って、大将の敵を取ってやる……!」
わらわらと頭上に沸く罵詈雑言。
青い刃に巻き付く白い煙が、踊るように波打った。
雨あがりの生ぬるい空気が、冷ややかに震える。
――フジョウ ゼンブ クウ……。
「ああ。全て喰え」
それだけ言うと、彼は、青い刃を投げた。まっすぐに、中央の鬼に突き刺さる。
白い煙が膨れ上がり、蒼い龍の姿を成す。
蒼龍は八の字を描くように、巨大な口で、次々と鬼たちを喰べていく。
彼の手に再び、一振りの太刀が握られた。
難を逃れた鬼の子どもたちが、どんどん上空へ逃げていく。
彼は素早く塀を登り、屋根に飛び移り、それらを追いかける。
そして、容赦なく、一匹残らず、ばらばらに斬り刻んだ。
無数の砂が、彼の蕾の養分となる。
姫の幸せ――ただそれだけを願うために。
赤い蕾は膨らむばかりで、その願いは、まだ咲かない。
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