戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

第五章ー雨ー

公開日時: 2020年11月2日(月) 20:00
文字数:591

 深夜二時、風はない。

 紫のほのかな灯りの中を、脱兎のごとき黒い影が駆け抜ける。

 ひゅうひゅうと、荒い息で助けを求めながら。

 迫りくる青い刃を、何度も何度も振り返りながら。

だが、最後に振り返った時。青い閃光が宙を横切り――その黒い獣の首は、夜闇に飛んでいた。

 砂になった体は、男の右手中指に輝く赤い石に吸い込まれていく。

 その頭上を、影が覆う。

鋭く、真っ赤な、無数の眼光が降り注ぐ。

 蝙蝠か。羽の生えた巨大な鼠か。否、違う。

 奴らは、鬼だ。

「よくも俺たちの大将をやってくれたな……」

「許さん……! お前を喰って、大将の敵を取ってやる……!」

 わらわらと頭上に沸く罵詈雑言。

 青い刃に巻き付く白い煙が、踊るように波打った。

 雨あがりの生ぬるい空気が、冷ややかに震える。


――フジョウ ゼンブ クウ……。


「ああ。全て喰え」

 それだけ言うと、彼は、青い刃を投げた。まっすぐに、中央の鬼に突き刺さる。

白い煙が膨れ上がり、蒼い龍の姿を成す。

 蒼龍は八の字を描くように、巨大な口で、次々と鬼たちを喰べていく。

 彼の手に再び、一振りの太刀が握られた。

 難を逃れた鬼の子どもたちが、どんどん上空へ逃げていく。

 彼は素早く塀を登り、屋根に飛び移り、それらを追いかける。

 そして、容赦なく、一匹残らず、ばらばらに斬り刻んだ。


 無数の砂が、彼の蕾の養分となる。


 姫の幸せ――ただそれだけを願うために。


 赤い蕾は膨らむばかりで、その願いは、まだ咲かない。

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