戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

十四

公開日時: 2020年10月25日(日) 20:00
文字数:1,302

 光は自らの風の力でふわりと浮き上がると、式神のドームの上に仁王立ちした。

「よっし。これで姫ちゃんと坊ちゃんは安全。そんじゃ、行きますか!」

 光はニヤリと牙を出して、竜に手のひらをかざした。

 次の瞬間、竜の体は、爆風で空高く飛ばされた。

 動きに反応したのだろう、蒼龍が竜の体を追い、優雅に、神速に、天に昇った。竜は、向かって来る牙を青い太刀で受け止めた。少し弾かれ、間が空いた隙に、長いひげを掴んで、蒼龍の左横にぶら下がる。そして、ポケットから白札を出し、蒼龍のうろこに叩き付けた。だが、何も起こらない。蒼龍は奇声を発し、体をうねらせ、竜を振りほどかんと暴れまわる。

「光くん! 僕を、蒼龍の尾のところまで飛ばしてください!」

「合点承知!」

 雫が、森の命を両手に集めながら空を舞う。そして、蒼龍の後方に回ると、尾を巨大な球体で包んだ。球体は透明の鉛となって、蒼龍の巨体をぐんと地へと引き戻す。

 一緒に落下していく雫の体を、光の風が掬い上げ、ほとりにふわりと着地させた。鉛は浄化の力でみるみる小さくなっていくが、地に着くまでは持つだろう。地上近くまできたら、今度は尾を固定すればよい。雫はロケットの写真を槍に変え、待ち構えた。


 一方竜は、落下しながら、獰猛に暴れる蒼龍のひげを離すことができずにいた。何度か名前を呼びかけたが、反応はない。封印札も、言霊縛りも、失敗というわけだ。

 そうとなったら、戦うまで。

 手を離して間を取ってしまえば、体は蒼龍の鼻の下に移動してしまい、すぐに牙で体を貫かれるだろう。ならば、この状態から鼻を貫き、口を開けないようにしてしまえば良い。

 左手に太刀を顕現させ、振り上げた――その時。

 蒼龍の奇声に紛れて、言葉の断片が聞こえた。


――オマ、エ……アオ……イ……、アオ、イ……フジョウ…………。


 竜の手にあった蒼龍のひげが、泡になった。それだけではない。体が全て、水に戻っていく。

 竜の体を、飲み込んで――。


 雫の創った魂の鉛は役目を終え、飛沫のように弾けて消えた。

 空っぽだった土の穴は、もとの美しい湖に戻っていた。

「これは……撤退したのでしょうか」

「分かんねぇけど、撤退とおんなじ動きだ。だが、あいつを飲み込んじまった……!」

 虫と鳥の音が、静かな森に響く。水は波紋一つない。竜の気配も、ない。

 光は白いドームから滑り降りると、術を解除した。花が咲くように紙人形が開く。

 陽を大切に抱きしめながら、姫は、月の輪を見上げた。陽も首を回して、あたりを見渡す。

「終わった、のか?」

「……竜は?」

 蒼龍が、竜を飲み込んだまま、湖に戻ってしまった。

 雫の言葉を聞いた姫の瞳に、涙が揺れた。唇が白くなっていく。

「どう、しよ……竜が、もし……」

 陽は、こぼれ落ちた姫の涙を、頭で拭った。

 姫は陽をぎゅっと抱きしめ、「ごめんね……」と息を震わせた。

 雫は、再度魂を集め、大量の人の手を創りだすと、湖に沈め、捜索させた。しかし、土産物は石か魚ばかりである。

 光は、空に浮かび、もう一度、湖を上から見下ろした。月光に照らされ、透き通ってはいるが、やはり人影は見当たらない。

「斎王――! 帰ってきやがれ――!」

 金髪少年の咆哮が、湖に微少な波紋を広げた。

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