光は自らの風の力でふわりと浮き上がると、式神のドームの上に仁王立ちした。
「よっし。これで姫ちゃんと坊ちゃんは安全。そんじゃ、行きますか!」
光はニヤリと牙を出して、竜に手のひらをかざした。
次の瞬間、竜の体は、爆風で空高く飛ばされた。
動きに反応したのだろう、蒼龍が竜の体を追い、優雅に、神速に、天に昇った。竜は、向かって来る牙を青い太刀で受け止めた。少し弾かれ、間が空いた隙に、長いひげを掴んで、蒼龍の左横にぶら下がる。そして、ポケットから白札を出し、蒼龍のうろこに叩き付けた。だが、何も起こらない。蒼龍は奇声を発し、体をうねらせ、竜を振りほどかんと暴れまわる。
「光くん! 僕を、蒼龍の尾のところまで飛ばしてください!」
「合点承知!」
雫が、森の命を両手に集めながら空を舞う。そして、蒼龍の後方に回ると、尾を巨大な球体で包んだ。球体は透明の鉛となって、蒼龍の巨体をぐんと地へと引き戻す。
一緒に落下していく雫の体を、光の風が掬い上げ、ほとりにふわりと着地させた。鉛は浄化の力でみるみる小さくなっていくが、地に着くまでは持つだろう。地上近くまできたら、今度は尾を固定すればよい。雫はロケットの写真を槍に変え、待ち構えた。
一方竜は、落下しながら、獰猛に暴れる蒼龍のひげを離すことができずにいた。何度か名前を呼びかけたが、反応はない。封印札も、言霊縛りも、失敗というわけだ。
そうとなったら、戦うまで。
手を離して間を取ってしまえば、体は蒼龍の鼻の下に移動してしまい、すぐに牙で体を貫かれるだろう。ならば、この状態から鼻を貫き、口を開けないようにしてしまえば良い。
左手に太刀を顕現させ、振り上げた――その時。
蒼龍の奇声に紛れて、言葉の断片が聞こえた。
――オマ、エ……アオ……イ……、アオ、イ……フジョウ…………。
竜の手にあった蒼龍のひげが、泡になった。それだけではない。体が全て、水に戻っていく。
竜の体を、飲み込んで――。
雫の創った魂の鉛は役目を終え、飛沫のように弾けて消えた。
空っぽだった土の穴は、もとの美しい湖に戻っていた。
「これは……撤退したのでしょうか」
「分かんねぇけど、撤退とおんなじ動きだ。だが、あいつを飲み込んじまった……!」
虫と鳥の音が、静かな森に響く。水は波紋一つない。竜の気配も、ない。
光は白いドームから滑り降りると、術を解除した。花が咲くように紙人形が開く。
陽を大切に抱きしめながら、姫は、月の輪を見上げた。陽も首を回して、あたりを見渡す。
「終わった、のか?」
「……竜は?」
蒼龍が、竜を飲み込んだまま、湖に戻ってしまった。
雫の言葉を聞いた姫の瞳に、涙が揺れた。唇が白くなっていく。
「どう、しよ……竜が、もし……」
陽は、こぼれ落ちた姫の涙を、頭で拭った。
姫は陽をぎゅっと抱きしめ、「ごめんね……」と息を震わせた。
雫は、再度魂を集め、大量の人の手を創りだすと、湖に沈め、捜索させた。しかし、土産物は石か魚ばかりである。
光は、空に浮かび、もう一度、湖を上から見下ろした。月光に照らされ、透き通ってはいるが、やはり人影は見当たらない。
「斎王――! 帰ってきやがれ――!」
金髪少年の咆哮が、湖に微少な波紋を広げた。
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