戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月6日(金) 20:00
文字数:1,208

 刃は内臓まで届いていなかったが、竜は当然、退院を止められた。しかし、病院は見知らぬ人の出入りが多いため、むしろ襲われる危険性がある。そう言って、退院を押し通した。竜の母は線の細い女性で、おどおどしながら竜の背中を見守っていた。

 警察の事情聴取を終えた陽と光、そして、姫と雫も、竜と一緒に病院を出た。すでに、十六時をまわっていた。雨はまだ、激しく降り続いていた。

「じゃ、またなんかあったら電話なりメッセなりよこしやがれ。つーか俺、お前の連絡先知らねぇわ。スマホあっか? アド、交換しようぜ!」

 竜がつんとそっぽを向くと、タクシーが飛沫を上げながら走ってきた。

「竜、行きましょう。姫ちゃんも乗って。みなさん、本当にありがとうございました……」

 竜の母が長い黒髪をひらひらさせながら、細々とした声で、何度もぺこぺこ頭を下げる。

 窓越しに、姫が、陽を見つめた。二人とも笑顔になれなくて、なんとなく手も振れなかった。


 タクシーが右折し、見えなくなった頃、陽はため息をついた。

「俺、何もできないのかな……」


 高校に上がってから、陽は陰陽術を特訓し始めた。だが、才能がなくて、未だに簡単な封印術しかできない。一緒に始めた雫は、すでにいくつもの術を扱えているというのに。もう少し強ければ、姫と一緒にいられたかもしれない。そう思うと、力のない自分が情けなくて、もどかしい。


「坊ちゃん」

 光が、やさしく笑いかける。温かく、兄らしい眼差しで。

「できることって、術を使うことだけじゃないっすよ。姫ちゃんを優しく受け入れて、待っててあげる。それこそ、今坊ちゃんができることなんじゃないっすか」

 分かっている。でも、簡単じゃない。

 陽は黙って唇を尖らせ、帰りの手段をスマホで調べた。病院は、武蔵駅の東側の奥に位置している。影宮神社は西側なので、歩くと一時間以上はかかるのだ。

「光くんは、体の方、大丈夫ですか」

 雫が、心配そうに光を覗き込んだ。

 光は、いつもの調子でへらりと笑う。

「おう、全然なんともねぇ。火鬼の奴、消えたんじゃねぇかってくらい大人しくしてるぜ。去年の戦いから、別に鬼と戦う必要もねぇから、あんまし鬼人の力使ってねぇじゃん? だからかもしんねぇけど。思いっきし力使ったら、どうにかなっちまうかもしんねぇが……ま、そうなったらそうなっただ。つーか、雫くんは俺のことより自分の心配しろよな」


 雫は、シグレとの戦いの際、鬼神と同等の万能の力を願った。しかし、五分と経たず、力の大きさに魂が耐えられず、命を落としかけた。もう一度使ったら、今度こそ命を落とすかもしれない。


 隠形鬼は、得体が知れない。だが、四鬼の一体だ。暗殺能力が優れているだけとは思えない。


 陰陽術があるとはいえ、今の雫と光は、命を削らなければとても四鬼とは戦えない身だ。


 戦い抜けるか。この身を、奪われずにいられるか。

 これは、自分たちにとっても大きな戦いである。


 二人はしっかり、その事実を飲み込んでいた。

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