戦いの後、透明の花に閉じ込められていた影宮神社の書庫は、鬼神の消滅によって、元通りになっていた。雫と姫が本を解読し、光がその情報をもとに、様々な封印解除の術を何度も試し、九月の下旬、ようやく陽は、人間の姿に戻れたのである。
――クリスマスに間に合った!
そう歓喜したのも束の間。受験が迫ってきていた。陽は遅れてしまった勉強を取り返さねばならず、結局クリスマスを返上する羽目になった。そうしてなんとか、武蔵駅の隣駅の近くにある私立高校に進学が決まった。ちなみに光も、春から同じ高校に進学する予定である。高校が決まったのが二月下旬。それまで、姫も受験勉強を頑張っていたため、ここ二か月は連絡もままならなかった。
陽は大きく息を吸い込んだ。一緒に並んで歩く幸せを、空間ごと、全部取り込んでしまいたかった。
「陽の高校は、四月六日が入学式?」
「うん。その前に宿泊オリエンテーションとか、教科書販売とか行かないといけないけど」
「そうなのね。こっちの高校は、四月三日に入学式で、そのあと二日間、宿泊オリエンテーションなの」
「二日もあるのか! 変な男子には気を付けろよ、一人になったりしないようにな。姫はもてるんだから」
「彩と同じこと言ってる」
ご名答。陽は彩の真似をして言った。声を揃えて笑い合う。
「あ、じゃあ、二十二日空いてる? クリスマスもデートできなかったし、十か月記念日だし、二人で卒業旅行、行こう!」
「行きたい。どこがいいかしら」
「へへへ。ジャジャーン」
陽は、さっきもらったペアチケットを取り出した。チケットを頬にくっつけて、そこに描かれた陽気なキャラクターの顔真似をする。
姫はクスリと笑いながら、困った顔をした。
「ごめんね、一昨日メッセージ送ったんだけど……」
陽は、「ん?」と姫からのメッセージボックスを開いた。一昨日の所までスクロールすると、『来週、彩と竜と、卒業旅行でドリームワールドへ行こうっていう話になっているんだけど、行ってもいい?』というメッセージがあった。陽は、それに対して、『オッケー!』と返信をしていた。このやりとりの後、いろいろと話が盛り上がったから、すっかり忘れてしまっていた。
――いや、待て。
その前に、なぜ自分はこんなに気軽に「オッケー!」などと返信をしているのか。
彩は良い。
だが、竜は良くない。
全然、「オッケー!」じゃない。
しかし、一度「オッケー!」と言ってしまった手前、嫉妬を理由に行くなとは言えない。そもそも、もう準備が進んでいるだろう。
スマホとにらめっこする陽に、姫は、「ごめんね」ともう一度謝った。
本当は、彩と二人で行く予定だったらしい。しかし、姫の親経由で聞いたのだろうか、女子二人だと危ないからついていく、と竜が言い出したという。彩も、竜なら空気同然なので、二人で遊ぶようなものだし、たくさん写真を撮りたいから、カメラマン役としてついてくればいいということで、「オッケー!」を出したのだという。
姫は、陽の気持ちを考え、幼馴染だからといって竜との距離が近くなりすぎないように気を使ってくれている。竜に関することはこまめに連絡して陽に許可をもらうなど、配慮をしてくれている。
ただ、幼馴染だからこそ、孤独な彼の春休みを案じる気持ちもあったのだろう。
――大丈夫。自分は恋人。竜はたかが幼馴染。自分の方が、立場は上だ。大丈夫……。
陽は、もやもやする心にそう言い聞かせて、笑いを作った。
「あーそうだった! チケット貰ったのが嬉しくて、ちょっと飛んじゃってた。じゃあ、一年記念日に行こっか、二人で」
「素敵。ありがとう」
二人はその後、本屋に寄って、卒業旅行の目的地候補をいくつか挙げ、それぞれの家に帰って行った。
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