姫は、ベッドの中で動けなくなっていた。
日射しも電光も音も、全て遮断した。
少しでも、体を、心を、頭を動かすと、体の全てが張り裂けてしまうような痛みが走った。
息をするのも、苦しい。いっそ止まってしまえば、苦しくないのに。そう思うと、涙がぽろりとこぼれた。
コンコン、とノックの音がした。
「姫、俺。あの……入っていいか?」
陽の声だった。姫は、答えられない。答えなきゃ、という気持ちさえ起きない。声も出せない。ただぼんやりと、周りの出来事が流れていく。
陽はそっと、細く扉を開けて、真っ暗な部屋を覗いた。姫の甘い香りがする。だが、かつて一緒に過ごした部屋とは、違って見えた。部屋いっぱいに姫の哀しみがあふれかえっているような気がして、苦しくなった。
するりと中に入り、音を立てずに、扉を閉める。少し立ち尽くして、ベッドの傍に来て、また立ち尽くした。
どうしたらいいのだろう。
話しかけることはおろか、名前を呼ぶことも憚られる気がした。掛布団越しでも、触れてしまったら、砂のように崩れてしまうのではないか、と怖くなった。
陽は、しばらく何も言わずに、傍に座っていた。
「……ずっと、いなくならないって、おもってたの」
吐息ほどの小さな声がこぼれた。
姫自身も、どうしてぽろりとそんな言葉が出たのかは分からなかった。陽が傍にいるから、だろうか。言ってしまって、やっぱり、心が痛くなった。瞳から露が流れ落ちる。それでも、唇からは勝手に言葉の涙があふれた。
「あやが、いなくなっちゃうなんて……わたし……」
「姫……!」
陽は、掛布団の上から、姿の見えない姫を抱きしめた。いつもより細く、小さく思えた。
そっと掛布団をめくると、髪までびしょびしょに濡らした、姫の泣き顔が露わになった。泣きはらしているのに、瞼も鼻も赤く腫れることなく、顔面蒼白で、虚ろな瞳をしていた。こぼれた涙に、陽が映った。
「……ようは、いなくならないで…………ずっと、いっしょにいて……」
「いるよ。大丈夫。俺は、ずっと一緒にいるから」
姫の左手が、布団の中から伸びて、陽の背中に縋り付く。
陽も、姫の背中を抱きしめた。
姫の涙が、胸に染みていく。
姫のこんな姿を見るのは、苦しい。かわいそうだ。
でも、こうして縋り付く姫の左手が愛しくて、姫の言葉が嬉しくて。
こんな時なのに、じんわりと、幸せを感じてしまった。
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