戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月17日(火) 20:00
文字数:882

 五月の体育祭終了後。競技で使用した道具を、倉庫に返しに行った時のことだった。

 一人の先輩が、全ての道具を入れられるようにと、奥の方を整理していた。

「すみません。コーンを持ってきたんですが、どこに置いたらいいでしょうか」

「あ、じゃあ、こっちにちょうだい」

 彼が手を伸ばして、こちらを見た。その瞬間、彼の時間が、止まった。

 石のように固まっている先輩に声をかけると、彼は、はっと正気を取り戻し、コーンを受け取った。

 少しだけ、二人の指先が触れ合った。

「……あの!」

 倉庫を出て行こうとする姫に、彼は、叫んだ。

「一目惚れしました! 付き合ってください!」

 姫にとって、はじめてのことだった。

 心臓がバクバクして、頭がぐるぐるする。

 体中が真っ赤になって、今にも破裂しそうになった。

 嬉しくて、恥ずかしくて、「はい」と言ってしまいそうな自分がいて――。


 だが、ふと。

 ちくり、と何かにひっかかった。


 ――なんだろう。


 胸に手を当てると、いつのまにか、混乱していた心は落ち着いていた。

 姫は、深呼吸をして、息を整えた。

「ありがとうございます、でも――」

 彼の顔を見ると、不安と期待で混ぜこぜで、今にも泣きそうな顔をしていた。

 簡単に断ってしまったら、どれほど傷つけるだろう。

 はじめて誠意を持って告白してくれた人に対して、申し訳ない気がした。

 しっかり自分の気持ちを考えて、しっかり答えを伝えたい。そう思った。

「考えさせてください」

 姫は、そう答えた。


 それから、彼に誘われ、二回、デートに行った。彼はいつも優しくて、素直だった。

 彼といると、いつも観る景色も、今までとは違って見えるような気がした。

 ほとんど毎日、スマホで連絡を取り合った。

 電話がかかってきた時は、ドキドキして、嬉しくて、心臓が跳ねあがった。

 彼と話していると、とても楽しかった。


 テスト期間が始まる前、彼が電話で言った。


『終業式の日、一緒に帰ろう。答えを聞かせてほしい』


 姫は、承諾した。しながら、やはり心がちくりとした。

 テスト勉強は一生懸命にやり抜いた。

 それと同時に、一生懸命、自分の心と向き合って、ちくりと痛む理由を知った。


 そして、彼への返事を決めた。

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