五月の体育祭終了後。競技で使用した道具を、倉庫に返しに行った時のことだった。
一人の先輩が、全ての道具を入れられるようにと、奥の方を整理していた。
「すみません。コーンを持ってきたんですが、どこに置いたらいいでしょうか」
「あ、じゃあ、こっちにちょうだい」
彼が手を伸ばして、こちらを見た。その瞬間、彼の時間が、止まった。
石のように固まっている先輩に声をかけると、彼は、はっと正気を取り戻し、コーンを受け取った。
少しだけ、二人の指先が触れ合った。
「……あの!」
倉庫を出て行こうとする姫に、彼は、叫んだ。
「一目惚れしました! 付き合ってください!」
姫にとって、はじめてのことだった。
心臓がバクバクして、頭がぐるぐるする。
体中が真っ赤になって、今にも破裂しそうになった。
嬉しくて、恥ずかしくて、「はい」と言ってしまいそうな自分がいて――。
だが、ふと。
ちくり、と何かにひっかかった。
――なんだろう。
胸に手を当てると、いつのまにか、混乱していた心は落ち着いていた。
姫は、深呼吸をして、息を整えた。
「ありがとうございます、でも――」
彼の顔を見ると、不安と期待で混ぜこぜで、今にも泣きそうな顔をしていた。
簡単に断ってしまったら、どれほど傷つけるだろう。
はじめて誠意を持って告白してくれた人に対して、申し訳ない気がした。
しっかり自分の気持ちを考えて、しっかり答えを伝えたい。そう思った。
「考えさせてください」
姫は、そう答えた。
それから、彼に誘われ、二回、デートに行った。彼はいつも優しくて、素直だった。
彼といると、いつも観る景色も、今までとは違って見えるような気がした。
ほとんど毎日、スマホで連絡を取り合った。
電話がかかってきた時は、ドキドキして、嬉しくて、心臓が跳ねあがった。
彼と話していると、とても楽しかった。
テスト期間が始まる前、彼が電話で言った。
『終業式の日、一緒に帰ろう。答えを聞かせてほしい』
姫は、承諾した。しながら、やはり心がちくりとした。
テスト勉強は一生懸命にやり抜いた。
それと同時に、一生懸命、自分の心と向き合って、ちくりと痛む理由を知った。
そして、彼への返事を決めた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!