買い食いをして、二つ目のフォトスポットで写真を撮って、ゲームセンターに行って、アトラクションに乗って――。
いつのまにか、日は沈みかけていた。園内の壁に、紫色のラインが灯った。どこにも守護符が貼っていないと思っていたが、壁の中にびっちりと埋め込まれていたようだ。
園のシンボルであるドリーム城でショーが始まるということで、彼らは展望台の立見席をとった。ショーが始まるまで、あと二十分ある。彩と雫はポップコーンを買いに行った。
陽は光に連れられ、トイレに行くことになってしまった。姫と竜を二人で残して行くのは、後ろ髪が引かれる思いだ。すぐに戻ってこようと心に決め、陽は光を引っ張って、走った。
「寒くないか」
竜が、鞄から黒いマフラーを差し出した。ふわ、と竜のにおいがした。
「……大丈夫。いつも、ありがとう」
まぶしそうに瞬きをして、姫は笑った。
無数の幸福な声に、溶けてしまいそうになった。
姫は、石塀から観客席を見下ろした。穏やかに微笑む姫と、紺に飲まれかかる夕焼けの背景が一枚の絵のように美しく、竜は写真におさめた。シャッター音に気付き、姫は、竜のスマホを覗き込んだ。
「竜って写真上手よね。今日は、撮ってくれてありがとう」
竜は今日、ずっと写真を撮る側だったので、ツーショットにすら写っていなかった。
皆が帰ってくる前に一枚撮ろうと、姫がスマホを取り出した。姫が角度を調整しても、背の高い竜は、なかなか画面におさまらない。竜は姫のスマホを取って、角度を確かめながら、体をかがめ、姫を少し引き寄せて、写真を撮った。背景にちょうど良く、ドリーム城が写った。
体が離れると、姫は、はぁと息を吐いた。無意識に、息が止まってしまっていた。
だけど、まだ苦しい。心臓の振動で揺れる頬を手のひらで包み、もう一度、ゆっくり息を吐く。
「幸せ……」
「そんなに楽しかったのか。なら、よかった」
「……ええ。でも、それだけじゃなくって……。なんだか、あの戦いのことを思い出して、しみじみと幸せだなって思ったの」
神宮団、四鬼、そして、鬼神の最期を思い出す。
神宮団員たちは、いつのまにかシグレに喰われてしまっていた。世界の滅亡のために命を捧げた彼らは、鬼人として生きて、そのような終わりを迎えて、幸せだったのだろうか。
金鬼も、火鬼も、母である鬼神の存在を求めて、五〇〇年生きていた。母に喰われてもいい。それでも、尽くしたい、会いたい。そんな気持ちで。だが、やっと会えたと思った日には、儚くも、消滅してしまった。
シグレは、恐ろしい存在だった。未だにあの仮面やムスクのにおいを思い出すと、悪寒がする。
だが、今は――彼には、それしかなかったのだと思う。授業で、先生が言っていた。苦しみの中で救いを求める人が、信仰の道へ行くのだと。彼は鬼神の思想と理想を、生きていくための心の支え――救いのようなものにして、生きていたのかもしれない。彼が自らの存在と人生を費やした理想は、果たされなかったけれど。
そして、鬼神は、救いようがなかった。姫が言った言葉は、彼女自身もよく分かっていたのだろう。愛しているからこそ、憎まないと、壊れた心を保っていられなかったのだろう。だが、鬼神は愛する人と、もう二度と会うことができない。言葉を交わして、どうしてあんなことをしたのか、どんな気持ちだったのか。伝えて、受け止めて、受け入れられて――そんな風にわだかまりが少しでも解けたなら、彼女は幸せに消えていけただろうに。
「思いを遂げられずに、絶望したまま、命を終えていく。それを哀しいと思うのは、自分勝手な悲観かもしれない。でも、私たちも、あの戦いで……そうじゃない時も、絶望してきたわ。それでも、今、幸せに生きている。絶望の後には必ず、信じられないくらい大きな幸せがある。だから、頑張って生きなくっちゃ。これから先、何があっても」
姫は、石塀に組んだ腕を乗せ、頬を乗っけた。
微笑んで、竜の顔を見上げる。
「竜は今、幸せ?」
竜は、姫と同じように、石塀に組んだ腕を乗せて、姫の瞳をまっすぐ見つめた。
「俺は――姫が幸せなら、幸せだ」
ショーのはじまりを告げるライトが、二人を、七色に照らした。
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