「姫! お待たせ!」
陽は、防具袋と竹刀袋、そして、持ち帰り忘れた教科書類を詰め込んだパンパンの鞄を一心不乱に振りながら、全速力で教室まで走ってきた。ガラリと開けると、クーラーの冷たい風が顔を包んだ。
楽しそうに笑っていた二人の少女が、目を丸くして陽を見た。
「あら、十五時まで部活って……」
「暑いから終わった!」
姫は肩まで伸びたやわらかな髪と、ハーフアップに束ねる赤いリボンをふわりと揺らすと、「そう」と微笑んだ。数学の問題集を閉じて、筆記用具を片付ける。姫の横で、むすっと陽を睨むのは、姫の親友、末益彩である。
「まだ十三時半だよ。一時間もしてないでしょ」
「たしかにそうね。もしかして陽……具合悪いの?」
疑いの眼差しを向ける彩の隣で、姫は本気で心配している。やっぱり姫は天使だなぁ、と陽は思う。
彩は鼻で、ふんと笑った。
「姫ちゃん。満面の笑みで走って来た人が具合悪いわけないよ。さぼりだね」
「はいはいはい。行こう、姫」
「あ、はぐらかした! あーあ、せっかく十五時まで姫ちゃんといられると思ったのになぁ」
準備を整えた姫が、やわらかく微笑んだ。
「一緒に残ってくれてありがとう。また連絡するわ。夏休みに遊ぶの、楽しみにしてる」
彩は、「絶対ね!」とさよならのハグをする。しかし、体を離すと、キャッキャしていたキラキラ少女はどこへ行ったのか、陽を般若の形相で睨んだ。
「陽くん? あなたと姫ちゃんの付き合いはまだ二か月。幼稚園、小学校と別だった上に一度も姫ちゃんと同じクラスになったことがない。対して私は、幼稚園三年間、小学校六年間、加えて中学三年間、ずっと同じクラス。高校も同じところに行く予定です。この奇跡は、私と姫ちゃんに絶対的な運命の糸がある証拠。したがって、姫ちゃんはあなたのものではなく、私のものなのです。私の姫ちゃんに、決して不純な行為はしてくれるなよ?」
陽は肩を縮めて、「お、おう……」とつぶやいた。背中に一筋の冷たい汗が流れる。二か月の間に何百回と聞いたが、彩の愛の圧力には未だ押しつぶされてばかりである。
姫が、「私も、彩とは運命だって思ってる」と言うと、キラキラ少女は再来し、またもや姫とハグをした。
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