屋台の方は、酷い有様だった。斬り裂かれ、ぐちゃぐちゃに崩され、輪切りにされた鉄パイプの残骸が落ちている。血を流し、倒れている人もいた。
鬼たちは、狼の頭をつけたトカゲのような姿をしていた。おそらく、七十匹はいるだろう。鬼人の警官が、それぞれの力で一匹ずつ片付けているが、あまりの数に、口々に絶望を漏らしている。
陽は、ごくりと喉を鳴らした。
だが、竜にとっては造作もないことだった。手中の刀を投げて二体を串刺しにすると、新たな刀を顕現させ、群れの中に突っ込み、一匹。腰を回してまた一匹、右足で地を蹴り、また一匹。目にも止まらぬ速さで、次々と斬り裁いていく。
「一体につき〇.二八秒……間を詰めるのに多くて二秒。鬼の数を七十匹と仮定すると、全て倒すのに二分かかる、といったところでしょうか。あの、斎王くん。お手伝いしましょうか。僕の力をお貸しすれば、これら全て、十秒以内に終わります」
竜は次々と斬り裁きながら、赤い砂の中で、雫を睨んだ。
「俺には叶えたい願いがある。こいつらは全部、俺がいただく」
「手柄は全てお譲りします。書庫は暑いでしょうから、急いだ方が良いのではありませんか」
「どういう意味だ……!」
また一匹、鬼を斬る。竜の殺意が、雫を貫く。不穏な予感。
まさか、姫を――!
「いえ。僕はただ、斎王くんのお力になりたいだけです」
雫はにっこりと微笑むと、右手中指をまっすぐ伸ばした。赤い蕾が、不敵な輝きを解き放つ。頭部から二つ、細くうねった羊のような角が生える。
たちまち、鬼たちから、透き通った泡粒が立ち昇った。次々と、鬼たちの体が力なく倒れていく。
あの粒は、魂か。戦闘していた警官たちは我が身を案じ、怖れを成して、続々と後退する。
鬼たちの魂は一匹残らず吸い上げられて、空中で透明な球体にまとまった。
「さあ、今です」
竜は牙を剥きだし、雫を睨みつけていたが、こうしている時間も惜しい。球体がぬらりと落ち始めると同時に天高く跳び、青い刃で、真っ二つに斬り裂いた。透明の飛沫が上がる。もぬけの殻の肉体が一斉に砂となって弾け、竜の右手中指の宝石に吸い込まれていく。
鬼の魂は、協力した者がいたとしても、最後にとどめを刺した者の報酬となるのである。
本当に、ものの十秒で終わってしまった。陽は口をぽかんと開けたまま、「すっご……」とこぼした。
「僕の力は『霊魂操作』。魂を抜き出し、実物化する力です。今回はたまたま弱い群れだった上に、斎王くんのような攻撃主がいたからできただけのことです。僕の力は、弱い鬼や虫や動物、人間の魂を抜いて、それらの魂を物体に変えることですから。一人で戦う時は、弱い鬼であれば、魂を抜いて数日放置しています。数日置くと、肉体が腐っていくので、それを待つのです。強力な鬼人や鬼の魂は抜き取れませんので、周りの動物の魂を借りて武器を創ったり、こうして……」
雫は、胸に隠していたロケットを開いた。色あせた女性と男性の写真が、両面におさまっている。顔をよく見ないうちに、二枚の写真は透き通った蒸気となり、槍の形になって、雫の右手に宿った。
「携帯している父母の魂を武器の形にして、戦います」
「ふ、ぼ……?」
雫は、にっこり微笑んだ。
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