十六回目の柱時計の鐘が鳴り終わった頃だった。
『起きたら影宮神社に来て』という姫からのメッセージを見て、寝起きの竜がやってきた。
姫は、早朝から一生懸命に頭も心も体も動かして、さすがに疲れてしまったのだろう。本の上に置いた手を枕にして、座ったまま、眠りに落ちていた。
竜は、机の下に潜って警戒している陽を睨むと、居間を出て行った。そして、帰って来るなり、この家にある一番やわらかいバスタオルを姫にかけた。
再び、陽の心に、黒いもやもやが膨らんだ。
「お前、姫のことが好きなんだろ。俺のことを襲ったのも、それが理由だろ!」
竜の目が殺気に燃える。乱暴に陽の首の皮を掴み、宙にぶら下げる。陽がなんとか逃れようと、爪を伸ばし、手足を伸ばして暴れるも、竜は微動だにしない。無様な猫を鼻で嗤う。
「好き? そんな浅い感情じゃない。お前の遊びに姫を巻き込むな。とっとと姫から離れろ」
「認めたな! 姫に全部言ってやる! お前は一生、姫に嫌われて、終わりだ!」
竜は真っ黒な眼を剥いて、毛皮を握りつぶさんと、指の力を強めた。
「竜。陽を離して」
鋭い声が竜に刺さる。姫が起きたのだ。
竜のこぶしが、ふっとゆるんだ。陽は軽々着地して、姫の隣にさっと隠れた。
「姫! 聞いてたか? やっぱりこいつだ。認めたんだ。こいつは姫が好きで、俺から姫を奪うために俺を襲ったんだって!」
竜の表情はピクリとも変わらない。
そして、姫は――。
「それはないわ」
一蹴。顔が変わるのは陽ばかりである。
「どうして、そんな……断言、できるんだよ……」
たった三時間しか関わっていないが、思い返せば、竜が姫を好きである証拠は多々上がってくる。泣いている時に抱きしめたことだって、彼氏である陽に強い敵意を抱いていることだって、姫の頼みを断れず不本意な約束をしたことだって、電話に一秒で出たことだって、寝落ちてしまった姫にバスタオルをかけたことだって、「姫を悲しませるようなことはしない」という言葉だって――。
行き場のない焦りのような、不安のような苛立ちに、陽は険しく顔をしかめる。
姫は、ん? と首を傾げた。
「だって……。あら、陽には言っていなかったかしら」
「え……?」
「私と竜は、姉弟よ」
キョウダイ。
ニランセイ ノ フタゴ――。
言葉が大きな岩となって、陽の頭にぶち当たる。体中が、真っ白になった。
姫の唇から流れる詳しい事情の説明や、伝えていなかったことへの謝罪が、右から左に通り抜けていく。
そういえば、付き合いたての頃、家族構成の話をしたっけ。「弟がいるの」って、言っていたっけ。同じ学年で、八組で―名前も聞いたような気がしてきた。
しかし、二卵性だとしても、こんなに似ているところがないものだろうか。姫の母の涼しげな目元は、言われてみれば少し、竜に似ているかもしれないが……。
確かめたくて竜に目を移すと、竜の瞳に一瞬だけ、一粒だけ、切なさが輝いた気がした。
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