戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

十四

公開日時: 2020年10月12日(月) 20:00
文字数:1,181

 十六回目の柱時計の鐘が鳴り終わった頃だった。

『起きたら影宮神社に来て』という姫からのメッセージを見て、寝起きの竜がやってきた。

 姫は、早朝から一生懸命に頭も心も体も動かして、さすがに疲れてしまったのだろう。本の上に置いた手を枕にして、座ったまま、眠りに落ちていた。

 竜は、机の下に潜って警戒している陽を睨むと、居間を出て行った。そして、帰って来るなり、この家にある一番やわらかいバスタオルを姫にかけた。

 再び、陽の心に、黒いもやもやが膨らんだ。

「お前、姫のことが好きなんだろ。俺のことを襲ったのも、それが理由だろ!」

竜の目が殺気に燃える。乱暴に陽の首の皮を掴み、宙にぶら下げる。陽がなんとか逃れようと、爪を伸ばし、手足を伸ばして暴れるも、竜は微動だにしない。無様な猫を鼻で嗤う。

「好き? そんな浅い感情じゃない。お前の遊びに姫を巻き込むな。とっとと姫から離れろ」

「認めたな! 姫に全部言ってやる! お前は一生、姫に嫌われて、終わりだ!」

 竜は真っ黒な眼を剥いて、毛皮を握りつぶさんと、指の力を強めた。


「竜。陽を離して」


 鋭い声が竜に刺さる。姫が起きたのだ。

 竜のこぶしが、ふっとゆるんだ。陽は軽々着地して、姫の隣にさっと隠れた。

「姫! 聞いてたか? やっぱりこいつだ。認めたんだ。こいつは姫が好きで、俺から姫を奪うために俺を襲ったんだって!」

 竜の表情はピクリとも変わらない。

 そして、姫は――。


「それはないわ」


一蹴。顔が変わるのは陽ばかりである。


「どうして、そんな……断言、できるんだよ……」


 たった三時間しか関わっていないが、思い返せば、竜が姫を好きである証拠は多々上がってくる。泣いている時に抱きしめたことだって、彼氏である陽に強い敵意を抱いていることだって、姫の頼みを断れず不本意な約束をしたことだって、電話に一秒で出たことだって、寝落ちてしまった姫にバスタオルをかけたことだって、「姫を悲しませるようなことはしない」という言葉だって――。


 行き場のない焦りのような、不安のような苛立ちに、陽は険しく顔をしかめる。

 姫は、ん? と首を傾げた。

「だって……。あら、陽には言っていなかったかしら」

「え……?」


「私と竜は、姉弟きょうだいよ」


キョウダイ。

ニランセイ ノ フタゴ――。


 言葉が大きな岩となって、陽の頭にぶち当たる。体中が、真っ白になった。

 姫の唇から流れる詳しい事情の説明や、伝えていなかったことへの謝罪が、右から左に通り抜けていく。


 そういえば、付き合いたての頃、家族構成の話をしたっけ。「弟がいるの」って、言っていたっけ。同じ学年で、八組で―名前も聞いたような気がしてきた。


 しかし、二卵性だとしても、こんなに似ているところがないものだろうか。姫の母の涼しげな目元は、言われてみれば少し、竜に似ているかもしれないが……。

 確かめたくて竜に目を移すと、竜の瞳に一瞬だけ、一粒だけ、切なさが輝いた気がした。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート