戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

十一

公開日時: 2020年10月23日(金) 20:00
文字数:2,727

 彼らは、小さく古めかしい温泉街を散策した。打ち水で濡れた石畳を歩いていると、「名物」と書かれた暖簾を見つけた。ここの名物は饅頭ではなく、「龍形焼りゅうかたやき」という龍の顔の人形焼のようなものらしい。試しに買ってみると、昨晩の戦いが思い出された。


 土産屋などをぶらぶらして、蕎麦屋で昼食を済ませると、彼らは約束の場所に向かった。


 そこにいたのは、金色の髪をした少年だった。

 ゴテゴテしたピアスやらネックレスやらをふんだんにつけ、だぼついたズボンのポケットに手を突っ込んで、壁にもたれかかっている。汚れた路地裏にたむろして、煙草を吸っていそうだ。あまりの柄の悪さに、目にしただけで足が止まった。

 少年は、おびえた目に気付かないのか、はたまたそんな目に慣れているのか、屈託のない笑顔で、「よぉ!」と手を挙げた。

「姫ちゃんだっけ? 腕の怪我、大丈夫だった? 元金魚のフンくんは? あっ、坊ちゃん! うっす! お疲れ様っす!」

 せわしなく、竜以外に一通り声をかけると、彼―伊達 光は歯を見せて笑った。

「で、どっから話すよ?」

 光は、そうやって聞いたにもかかわらず、若干の沈黙にも耐えられないのか、「じゃあ、俺のことから」と、前のめりに話し出した。


「俺の名前は伊達 光、十五歳。力は、『風』! 陽お坊ちゃんのおじいさんの弟子! 三十年前ぐらい? 神宮団の奴らが陰陽師狩りしてやがってよぉ。影宮家の家宝の蒼龍刀に蒼龍様入れて本物にすりゃあ、陰陽道も世界も守れんじゃね? って思って、ここに来たわけ!」

 しかしその時、神宮団の子どもが蒼龍を消失させようとしていた。そこで、蒼龍を守るため、奴に戦いを挑んだ。奴の仮面を割り、破片が服に入り込んだ時、突然、体が水のように溶ける感覚がして、気が付いたら三十年経った世界にいた、というわけだった。

「三十年経ったのには、まぁ、気付いたけどよぉ。蒼龍様ゲットしてから帰るつもりだったから、しばらくここで神宮団が来ねぇか、野宿して見張ったり、蒼龍様を封印できねぇか、やってみたりしてたわけ。一年半くらい? 日中に温泉街の蕎麦屋でバイトしながらな! ンでも、あの野郎も全っ然来ねぇし、封印も全っ然できねぇから、いったん影宮神社に帰ってみたわけ。そしたら、電車は古ぼけてんのに、駅が新しくなってて、髪の毛サラサラストレート系女子が増えてて、街がマブいことになってて! もう、大っ興奮よ!」

 ついここ二週間ほどのことらしい。影宮神社の社務所にも上がり、陽の父母が亡くなったことや、孫である陽がいることなどを知ったという。陽の祖父にも、陽にも会いたいとは思ったが、夜にも関わらずいなかったので、どこかへ泊りに行っているのだろうと諦めたそうだ。


 ここまで話して、光はヤンキー座りをした。陽の小さな両手を、指で掬う。

「そんで、坊ちゃん。師匠はお元気で?」

「数か月前に神宮団のシグレに襲われて、手は使えなくなったけど、元気です。今は、病院に入院してて……」

 光は、目を見開き、固まった。たちまち、大粒の涙があふれる。

「師匠……そんな。俺がいらねぇ意地で、帰らなかったばっかりに……」

 雫はすぐさま、光にハンカチを手渡した。光はハンカチを顔に押し当て、しばらく涙を流していたが、やがて思いっきり鼻をかんで、そのまま雫に返した。

「そんで、坊ちゃんがそのお姿なのは、神宮団との戦いで……?」

「いや、俺は、そこのむっすり野郎に……」

 言い切らないうちに、光は大きく舌打ちをして、竜にメンチを切った。ズボンに手を入れ、大きく胸を張り、竜の体に迫っていく。顎を上げて見下ろし、目を剥いて睨む。

「てめぇ、坊ちゃんに何しとんじゃゴルァ、えぇ?」

 さながら、極道である。しかし竜は微動だにしない。竜の方が背が高いので、上から睨み返すと、よっぽど極道少年より凄みがあった。お互い一歩も引かない睨み合いに、雫が笑顔で割って入った。

「斎王くんはやっていないとのことで、犯人はまだ、はっきりしていないんですよ」

 光は、視線を竜から離さず、ゆっくり体を離して、チッと舌を鳴らした。陽は、本当は「こいつがやったに違いない」と言いたかったが、せっかく場をおさめてくれた雫の手前、言葉を飲み込んだ。

「光さんさ。俺のこれ、実は陰陽術によるものなんだ。じいちゃんには解く方法ないって言われてるんだけど、何か分からないかな」

「へえ、猫になる術とかあるんすね。坊ちゃんが自分にかけたんすか? 相手にかけた術が、跳ね返ったかんじっすか?」

「跳ね返った、のかなぁ。俺、才能なくって、適当にやったらこうなっちゃって……」

「適当でこんな珍しいのできるなんて、天才っすよ! よっしゃ! できっか分かんねぇけど、研究してみるっす!」

 光が、「任せてください!」と満面の笑みで胸を叩く。彼の実力は祖父から何度か聞いたことがあった。昨日の戦いで、目の当たりにもしている。助かった。ほっと胸を撫でおろす。姫も同じだったようだ。ほっという息が重なった。

「そんで、蒼龍様を殺そうとしてたのは、なんで?」

 ぱっと切り替わる話題に、雫がすぐさま対応した。

 自分が神宮団を去った理由、陽たちが神宮団に狙われていること、鬼神や四鬼をはじめ、神宮団に対抗する力を得ようと考えたこと、竜が蒼龍刀のもとである青い刀を顕現させる力を持っていること。

 光は、すぐに納得した。

「でもよぉ。殺したら死ぬっしょ? 蒼龍様って鬼じゃねぇから、倒したところで鬼みたいに砂になって吸い込まれなくね? そもそも、蒼龍様って、もとは刀の中に宿されてたんだぜ。言霊縛りとかいうやつ? まぁ、あんな吠えまくってるだけの蒼龍様と話なんてできるわけねぇけど。でも、封印の方が可能性あるっしょ。俺はできなかったけど、蒼龍刀の使い手のてめぇならできっかもしんねぇぜ? 一枚、やるよ」

 光は惜しげもなく、白い札を一枚、竜に渡した。すでに力が込められているため、誰でも使えるらしい。本来、鬼や鬼人に使うと、その力を吸い込んで無力化してくれるものだという。

 竜は札をちらっと見て、礼も言わずにポケットにしまった。

「吠えまくってるだけ、か。俺には時々、咆哮に混ざって、言葉の断片が聞こえたが」

 姫も陽も雫も光も、目を丸くして首を振った。

「ほんとかよ! ちょっと話しかけてみろよ。言霊縛りのことは俺もよく知らねぇけど、ようするに口約束みたいなもんだろ? 今晩、やってみようぜ!」

 光は、「モノホンの蒼龍刀拝むの、楽しみぃ! おやすみぃ!」と、なんの屈託もない笑顔で、金色の髪を揺らしながら、森の中へ去っていった。


 聞いた話は全部信じてしまう。あっけらかんと自分を全部さらけ出す。そんな単純野郎の軽さが伝染したのだろうか。

 光を疑う余地もなく、彼らは自然と、共闘を約束していた。

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