「そう思ったことが、全ての元凶だったんだ。ごめん。本当に、俺……」
山の奥深く。通り雨に濡れた土のにおいがする。しんしんと、冷たい虫の声がする。
姫は黙ってうつむいたままだった。
「五〇〇年生きてて、はじめてだったんだ。こんなに好きになるのも、幸せだって思うのも、生きててよかったって思うのも。誰かになりきって、作った気持ちじゃないんだ。はじめて、俺が俺のまま生きて生まれた、俺の素直な、本当の気持ちなんだ。だから、だから、一緒に、いてほしいんだ。一緒に、いて――……」
陽は、握りしめていた姫の両手を、自分の額にくっつけた。
姫の靴に、二粒の涙がこぼれ落ちた。
「……できない」
陽の心臓が、震えた。息が止まる。こんなに痛くなるのは、生まれてはじめてだった。
「いやだ……どうしたらいい? どうすれば……!」
姫は、顔を上げた。ぼろぼろに顔を濡らし、しゃくりあげながら、陽を見る。その瞳には、憎しみがあふれていた。
「私だって、陽と一緒にいたかった。陽が、好きだった……。でも、だからこそ、すごく……憎いの……! 陽の力が、彩を殺した。その事実を、私は絶対に許せない。これから先、一緒にいたって、私は、絶対に許せない! ずっと、陽を憎み続ける!」
「いいよ……憎み続けて、いいよ! それでも、一緒にいてくれれば、俺は幸せだよ!」
「幸せなわけない……! 今まで幸せだったのは、私が陽を好きだったからよ。私は……もう二度と、陽を好きになることはない! 憎まれながら一緒にいて、幸せなわけがない!」
陽の涙が、頬をつたった。力が、抜けていく。
姫はゆっくり、両手を、陽の手から引き抜いた。
二人の手が、するりと離れた。
姫の指先の感覚だけが、残った。
「……私は、陽と一緒には……いられない…………」
姫は、赤くなった両手で涙を拭った。
陽は、姫の濡れた手を、ただぼんやりと見つめていた。
――きっと、もう、だめなんだろうな。
たとえ、竜を殺しても。この世界を滅ぼして、二人きりになっても。
姫のこの思いは、変わることはない。
どんな姿でも好きだと言ってくれたあの頃のように、想ってくれることは、ない。
「……分かった」
姫が、涙でいっぱいになった瞳を上げた。
陽は、優しく、微笑んでいた。
「姫、好きだよ」
大好きだった、笑顔だった。
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