戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月14日(土) 20:00
文字数:933

「そう思ったことが、全ての元凶だったんだ。ごめん。本当に、俺……」


 山の奥深く。通り雨に濡れた土のにおいがする。しんしんと、冷たい虫の声がする。

 姫は黙ってうつむいたままだった。


「五〇〇年生きてて、はじめてだったんだ。こんなに好きになるのも、幸せだって思うのも、生きててよかったって思うのも。誰かになりきって、作った気持ちじゃないんだ。はじめて、俺が俺のまま生きて生まれた、俺の素直な、本当の気持ちなんだ。だから、だから、一緒に、いてほしいんだ。一緒に、いて――……」


 陽は、握りしめていた姫の両手を、自分の額にくっつけた。

 姫の靴に、二粒の涙がこぼれ落ちた。


「……できない」


 陽の心臓が、震えた。息が止まる。こんなに痛くなるのは、生まれてはじめてだった。

「いやだ……どうしたらいい? どうすれば……!」

 姫は、顔を上げた。ぼろぼろに顔を濡らし、しゃくりあげながら、陽を見る。その瞳には、憎しみがあふれていた。

「私だって、陽と一緒にいたかった。陽が、好きだった……。でも、だからこそ、すごく……憎いの……! 陽の力が、彩を殺した。その事実を、私は絶対に許せない。これから先、一緒にいたって、私は、絶対に許せない! ずっと、陽を憎み続ける!」

「いいよ……憎み続けて、いいよ! それでも、一緒にいてくれれば、俺は幸せだよ!」

「幸せなわけない……! 今まで幸せだったのは、私が陽を好きだったからよ。私は……もう二度と、陽を好きになることはない! 憎まれながら一緒にいて、幸せなわけがない!」


 陽の涙が、頬をつたった。力が、抜けていく。

 姫はゆっくり、両手を、陽の手から引き抜いた。

 二人の手が、するりと離れた。

 姫の指先の感覚だけが、残った。


「……私は、陽と一緒には……いられない…………」


 姫は、赤くなった両手で涙を拭った。

 陽は、姫の濡れた手を、ただぼんやりと見つめていた。


 ――きっと、もう、だめなんだろうな。


 たとえ、竜を殺しても。この世界を滅ぼして、二人きりになっても。

 姫のこの思いは、変わることはない。

 どんな姿でも好きだと言ってくれたあの頃のように、想ってくれることは、ない。


「……分かった」


 姫が、涙でいっぱいになった瞳を上げた。


 陽は、優しく、微笑んでいた。






「姫、好きだよ」








 大好きだった、笑顔だった。

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