戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月9日(月) 20:00
文字数:1,156

「光さん。やっぱさ。今度、弟さんに会いにこよう」


 陽は、まっすぐに光を見つめた。両手が、一生懸命に缶を握りしめていた。


「光さんが弟さんを見てるだけなんて、なんか俺、いやなんだ。たしかに、弟さんに会うのは、すっごく勇気がいることだと思う。でも、光さんの大事な人ってことには変わりないだろ? 大事な人に会えないのは、すっごく辛いって、俺、分かるから……。だから……俺、もっと封印術を磨く。頑張るから。光さんの体から火鬼を取り出して、封印して、またこよう!」


 光は、ぎゅっと胸を掴んだ。胸の奥が、目の中が、キラキラする。

 陽から射す輝きが、心の中で熱く灯る――。

 気が付くと、雫も、キラキラした目で陽を見つめていた。光は、ふっと頬をゆるめた。


「やっぱし……ファイトマンに似てますね。坊ちゃんも」


 陽が首を傾げると、光はいつものようにへらりと笑った。

「へへ。じゃあ、嬉しいこと言ってくれた坊ちゃんのために、一肌脱ぎますか」

 光は、ぬるくなったコーラを一気に喉に流し込み、立ち上がった。

「姫ちゃんとこ、いきましょ! しばらく会えてねぇからか、もう坊ちゃん、干からびた蛙の目になってますよ。俺と雫くんがついてる。あいつにゃ文句いわせねぇ!」

「えっ、いいの?」

 陽は、「やったー!」と飛び跳ねた。水を得て生き返った蛙のように。


 少し離れた所でスマホを耳にくっつける陽を見つめながら、雫は、ゆったりと笑った。

「素敵なお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。僕も、陽くんや光くん、聡一郎さんといると、温かい気持ちになるので……とても、共感しました」


 陽に招かれて影宮家で過ごしながら、雫は、凍った心がゆっくり溶けていくように感じていた。

 皆で食卓を囲んだり、テレビを観て盛り上がったり。そんなこと、今までしたことはなかった。自分がここにいることが不思議な気がして、今でも時々、泣きそうになる。「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせる時、布団に入って目をつむる時。きまって、心の底から体中の血管に温かさが広がるのを感じる。


 それははるか昔に知った、幸せという感情だった。


 だが、あの時とは少し違う。温かい紅茶が胸の奥に流れていくような、しみじみした気持ち。

 こんな気持ちになるのはきっと、周りの人が、大切な人が傍にいてくれるからだろう。雫は、そう確信していた。


「だから僕は、ただこの世界を守るだけではなく、僕の周りの大切な人を―僕の小さな世界を守りたいと、今、心から思っているのです」

 今度こそ、もう、失うことがないように。

 雫は、胸に両手を当てた。ロケットが食い込んで、少しだけ痛かった。

「一緒だな!」

 光はニッと歯を見せて、雫の肩を抱いた。

「僕は、陽くんのことを信じています」

「ああ。俺も、信じてる」


 陽が二人に、幸せそうな笑顔で、大きく手を振った。

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