数日後。光は、江戸市行きの鈍行電車に揺られていた。陽と雫も、隣に座っている。
学校や企業は大体が休みになっているはずだが、電車は動いており、乗客もぽつぽつといた。
乗客が鬼なのではないか、襲われたりはしないか……。
そんな疑念でひりひりしながら、三人は黙って、電車に揺られ続けた。
下車して少し歩くと、目的地にたどり着いた。
江河大学。鬼の研究で有名な大学である。
広大な敷地に、三人は、「ほわぁ」と感嘆した。歩道は守護符が敷き詰められて、透明のカバーで保護されている。明るい日射しの下でも、紫色の淡い灯がやさしくあふれていた。歩道以外の所は砂利と石で覆われ、石庭のようになっている。目を凝らすと、オブジェの岩や、石の一つ一つに、守護符と同じ文字が書かれていた。守護符にあたる開発物の成果、というところだろうか。
「はぁん……。なんか、こんなん必要なかったかもな。隠形鬼もよせつけねぇ感じするわ……」
光は、握りしめていた白い封筒に目を落とした。
伊達 明様。
白い封筒の宛名には、そう書かれていた。
この大学で鬼の研究をしている、准教授の名だ。
そして、光の実弟の名である。
封筒の中身は、封印札だった。陽の祖父の名前で書いた、簡単な手紙も入っている。
光は、民俗学研究棟六階のE号室の前にたどり着くと、封筒を研究室前のポストに入れた。
研究室の扉には大きなガラス窓がついていた。ほとんどの研究室がカーテンを締め切っていたが、彼の研究室にはカーテンがなく、中が見えるようになっていた。
恐る恐る覗き込むと、三十代半ばくらいの品のよさそうな男性が、私服姿の学生六名と話し合いをしていた。
資料を読み、学生の話に耳を傾け、こめかみを人差し指で押しながら考える知的な姿は、光に似ても似つかない。だが、はっきりした目元と、微笑んだ時の口の形は、たしかに光とそっくりだった。
光はしばらく扉越しに、息を止めて見つめていた。
しかし五分と経たず、「よし、行こ」と、こそこそ踵を返した。
足音さえも残さないよう、そっとその場を後にする。
「いいのか? せっかく来たのに、話とかしなくて」
「いいのいいの。鬼よけのあれ、渡しにきただけですし。あわよくば、ちょっと見れればいいかなって思ってたけど、それもできたし。それに、十六歳の金髪野郎が、いきなり、お兄ちゃんですよ! ってやって来たって、怪しいだけっしょ。そもそもあいつは、自分に兄貴がいることも知らねぇんだから」
階段を逃げるように駆け降りて、三人は、外のベンチに座った。
光が自販機で、コーラを三本買ってきた。
「付き合ってくれて、ありがとな」
二人が缶を受け取ると、手のひらに冷たさが染み渡った。プシュ、と三つの音が鳴る。
「光さんに弟がいるなんて、知らなかった。他の家族に連絡とかは?」
「ん? とってねぇっすよ? 連絡先も知らねぇっす。 弟だって、鬼の研究者になって、師匠とつながりがあっから、たまたま連絡先知ってるだけだったし」
陽は、「そっか」と小さくつぶやいた。
「一年も一緒にいたのに、光さんのこと、全然知らなかった」
「すいません。坊ちゃんが聞きたいなら、なんでも話しますよ!」
「知りたいけど、いやじゃないか?」
「別に、大したもんじゃねぇっすから」
「……じゃあ、家族のこととか、三十年前のこと、聞いていいか?」
陽がおずおずと光を覗き込む。
雫も、缶で両手を冷やしながら、光の顔を見つめた。
光はコーラを喉に流し込み、パチパチと弾ける小さな痛みを感じてから話し始めた。
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