深夜二時、風はない。
守護符の紫と青白い月の色が、夜の空で混ざっていた。
小学五年生の時に鬼人の力が目覚めてから、竜は毎夜、「鬼退治」と称した鬼との戦いを続けてきた。
小さく稚拙な獣型の鬼から、それなりに大きく力も知能もある人型の鬼まで、さして大きな怪我もなく倒してこられたのは、ずば抜けた運動神経と戦闘向きの力を授かったからだろう。
紫色の住宅街を徘徊していると、空から、翼の生えた黒い猿が落ちてきた。二本足で立ち、赤い目を狂気で光らせ、牙を剥きだしている。
鬼だ。
「お前か、武蔵の鬼人は。こりゃあ噂に聞く通り、なかなかに力がありそうな奴だぜ」
竜はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、冷ややかに見下ろした。
「誰から聞いたか知らないが、挑んだところで絶対に勝てない。そうは聞かなかったのか?」
「ほざけ! 俺様は強い。貴様を喰って、さらに力をつけてやる!」
「聞き飽きた台詞だな」
「黙って、俺の餌食になりやがれ!」
鬼は空高く跳び上がると、漆黒の羽々を銃のように乱射した。羽は鋭く、ナイフのような切れ味であったろう。しかし、一瞬のうちに、それらは全て、竜の前で真っ二つに割れ、儚く足元に散らばった。
竜の右手には、青く輝く太刀が握られていた。こめかみには二本の角がまっすぐ伸びている。不敵にゆがむ唇から、鋭い牙が覗く。
「雑魚ばかりで退屈していたところだ。全力でかかってきてみろ」
「後悔するぜ?」
一心不乱に、鬼が羽々を撃ち乱す。先ほどとは比べ物にならないほど速く、鋭く。竜は刀を捨てると、軽い身のこなしでそれらをよけながら後退していく。黒く短い髪にも、肌にも、服にさえ、かすり傷一つつかない。
「猿か、てめぇ!」
「それはお前だろ」
竜の右手に、再び青い太刀が顕現した。しかしそれは、瞬きのうちに竜の右手から離れ、鬼の左翼を串刺しにしていた。鬼は痛みに絶叫し、道路にぼとりと落ちる。竜はすかさず、その左翼を素手で掴み上げ、背後の石段に黒い体を叩き付けた。
ギャン、と敗北した獣の声が鳴る。鬼の赤い眼に、青い凶器が映る。「死」の一文字を伴って。
鬼はばっと身を起こし、本能のままに、震える四本足で石段を這いずり上っていった。
竜もまた、駆け上った。石段の上の赤い鳥居を、その先を睨みながら。
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