三月。冬の冷たいにおいが残る、晴れのよき日。
梅の花が紅白に染まり、彼らの卒業を祝福していた。
学校玄関の前では、涙を滝のように流す者、元気に肩を抱き合う者たちが、後輩や同輩との別れを惜しんでいた。
「影宮先輩!」
名前を呼ばれ、後ろを振り向くと、部活の後輩たちが、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「影宮先輩! 本当にお世話になりました!」
「影宮先輩はレギュラーでもないし、そんなに強くもなかったけど、いじりがいがあって楽しかったです!」
「影宮先輩がいなくなったら、剣道部はいじられキャラがいなくなっちゃいます。どうしたらいいんですか?」
「影宮先輩は顔も成績も剣道も中の下でしたが、性格は中の上だったので好きでした!」
「姫先輩と別々の高校に行って、もし別れることになっても、強く生きてください!」
さんざんな言葉の矢が降り注ぐ。陽は白目を剥いて一心に受けていた。
最後に彼らは、小さな愛情を陽に差し出した。ピンクのハート模様の、トランプカードほどの、うすっぺらい紙包み。中を開けると、二枚のカラフルな紙きれが入っていた。
ドリームワールド。通称「夢の世界」といわれる、下総市にある超巨大テーマパーク。
その、ペアチケットである。
「すげぇ! ありがとうな、姫と行くよ! 部員十三人、皆で力合わせて、これからも頑張れよ!」
「十二人です。先輩だけ留年するんですか?」
笑顔で別れ、陽は、恋人の姿を探した。
すると、見覚えのある顔が、女子生徒に囲まれているのが見えた。
雫である。
後輩だけでなく、同輩の女子まで、雫のところに行列をなしている。おそらく、ざっと六十組はいるだろう。ぼうっと見物していると、雫は、順番に写真を撮って、軽く握手をして、何か言葉をかけていた。笑顔を崩さず、次々と列を裁いていく。
一緒に写真を撮った女子は、握手をすると、必ずと言っていいほど涙を流していた。写真を撮るだけで涙を流す女子もいた。
無関心でいたけれど、雫はアイドル級の人気があったのだな、と思った。
できれば記念に写真を撮りたいと思ってはいたが、とてもこの列に並ぶ気にはなれない。まあ、いつでも撮れるので、いいや。陽は再び、恋人を探した。
玄関前を回ったが、どこにもいない。ぼんやり、もう一周しようかと思っていると、ワッと泣きながら走っていく二、三人の男子生徒とすれ違った。続いて、五、六人の男子生徒が青ざめた様子で走り去っていく。さらに、八人ほどの男子生徒が半べそをかいて逃げ帰っていった。
皆、紅い梅の木の裏から来たようだった。
目を移すと、竜と、姫と、彩が出てきた。
「あ、いた! 姫!」
陽が手を振ると、姫はにっこり微笑み、手を振り返した。彩は、ハァとため息をついて、首を振った。
「陽くんさぁ、ぼうっとしすぎ。姫ちゃんがどんだけモテてるか、全然気付いてない。何週間か病気で休んでたのに、そういう鈍感さは全然治ってないじゃん。重症だよ、重症」
彩が呆れて苦言を呈したことと、あの男子たちには深い関係があった。
同じクラスの男子生徒一人が、今日が最後だからと姫に告白したのを皮切りに、姫に想いを寄せていた男子たちが次々と告白をしようと集まってきたのである。
収拾がつかないところに、竜がやってきた。ひと睨みすると、男子生徒は全員一斉に顔面蒼白で逃げ出した。
そうして、今に至るというわけだ。
姫は竜に、「ありがとう、助かったわ」と笑いかけた。
陽は、しょんぼりと肩を落とす。
「陽が気に病むことじゃないわ。皆、卒業式だからって、テンションが高くなっちゃっているのよ」
「まあ、そうだよな。今日で最後ってかんじするもんな。再来週、離任式でまた来るけど」
姫はクスッと笑った。
「じゃ、帰ろう、姫」
陽は姫の手を握ると、竜と彩に軽く手を挙げた。姫も、二人に手を振った。
中学校生活、最後から二番目の下校デートである。
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