戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月4日(水) 20:00
文字数:717

 姫をひとりぼっちにして、何をしているのだろう。


 真っ暗な部屋で、窓の鍵を、カーテンを閉めて――これじゃあ、姫が無事に帰って来たかなんて、分からないのに。


 姫が、自分とは一緒にいられないと、そう言っただけじゃないか。

 そんなことは、分かっていた。

 いつかそうなるだろう、という覚悟だってできていた。

 一緒にいられようと、いられまいと、自分の願うことは変わらない。するべきことは変わらない。


 姫が幸せになることを願う。そのために、戦う。


 それだけだ。


 そのはずなのに……。


 竜は、部屋のどこかも分からないところで、膝を抱えていた。呼吸が苦しい。

 心臓にぽっかり大きな穴が開いて、もう決してふさぐことができないような、果てしない痛みが走る。体がねじ切れてしまいそうだ。いっそ、ねじ切れてしまえばいいとさえ、思う。


 ――姫とは、もう、一緒にいられない。

 

 その言葉が脳裏に浮かぶたび、苦しくて、苦しくて、力いっぱい、手を握った。

体が勝手に、浅く、呼吸を求める。


 どうして、こんなに痛いのだろう。

 ふと力がゆるんだ時、深く吸った空気と一緒に、答えが体中に沁み渡った。


 ――姫と一緒に、いたかった。

 大人になっても、ずっと一緒に、いたかった。


 だが、姫はそれを望んでいない。

 一緒にいたいなんて、自分の思いでしかない。

 自分の思いなど、必要ない。

 必要なのは、姫が幸せになること。それだけだ。


 ――姫が幸せになるなら、それでいい。


 一緒にいても、いなくても、姫への想いは変わらない。

 どんなに苦しくても、痛くても。それで姫が幸せになるなら、構わない。


 竜は、固く握った左手に、口づけた。

 幼い頃の記憶に刻まれたクローバーの青いにおいに、すがるように。


 窓を打つ雨の音が、ひとりぼっちの部屋にあふれた。

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