戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年10月31日(土) 20:00
文字数:3,939

 朝七時。彼らは武蔵駅に集合した。

 ついさっきまで眠くて開かなった陽の目は、まんまるになって、もはや瞬きという機能そのものを忘れてしまっていた。

 高いところで結んだツインテール、大きめの桜色のスウェットに隠れて見えないくらい短い黒のショートパンツ。瞼がきらきらして、唇も、みずみずしく潤っている。いつもの大人しい姫とは、がらっと印象が違う。

とんでもない可愛さに、陽は瞬きどころか、心臓の仕事さえ忘れてしまっていた。目を回して、ふらふら、ばたりと倒れ込んだ。

「陽! 大丈夫? ……やっぱり似合わないかしら。いつもと違うから、不安だわ」

「めっちゃめちゃ似合うよ! 陽くんはただのキュン死だよ。 はーい、本日四人目のキュン死、いただきましたぁ! はぁ、自分のセンスが怖いわぁ」

 彩は、姫と全く同じ服装で、姫に抱きつき、頬ずりをした。彩は姫より少し背が低く、髪も短いが、くっついていると本当に双子のように見えた。

 光は鼻の下を伸ばして、「いやぁ、俺もキュン死! 姫ちゃんにも、彩ちゃんにも、キュン死!」と甘い声で言った。

「私にキュン死したのは、本日二人目! 姫ちゃんの次ね! でも、雫くんも光くんも、超似合ってる! 雫くんは、なんかいつもと違うかんじだね」

 男子たちは、黒くゆるっとしたスウェットに、ジーパンで合わせていた。男子の服も女子の服も、「ドリーム」という白いロゴが大きく書かれていた。

 雫は、いつもとサイズ感の違う服を着て、戸惑っているようだった。襟のない首元をしきりに触って、そわそわしている。だが、線の細さが強調され、いつもより儚く、可愛らしく見えた。光は、ラフな格好がしっくりきていた。ごてごてにつける銀色のピアスやネックレスも、服に合っている。陽は思ったより自然、というか普通であった。竜もしっくりきてはいたが、この大人数グループに合わせて、同じ服を着てきたことが、なんだか可笑しかった。

 倒れたままの陽を引きずり、彼らは電車に乗り込んだ。

 がらがらの車内で、横一列に席を取る。陽は、何度か姫の可愛さに昇天しかけながら、彩に聞いた。

「てか、俺のキュン死が四人目って、前の三人誰だ?」

「一人目が私、二人目が姫ちゃんママ、三人目が竜くん」

 陽がじとりと竜を睨むと、竜もぎろりと睨み返した。

「俺は、お前みたいな下品で無様な反応はしていない。ズボンが短すぎると言っただけだ」

「割と変態発言だし、十秒ぐらい時間止まってたじゃん」

 彩が面白がって、陽の怒りの火を煽った。


 たわいもない話題で盛り上がり、電車に揺られること、一時間。

 ドリームワールドに到着した。


 雫と光は、駅から出るなり広がっている、甘いお菓子のにおい、オレンジ色のアスファルト、ロマンティックな音楽、異国の巨大な城郭など、五感で感じる全てに感動した。目がキラキラと輝いて、唇から感嘆の声が漏れる。

「こ、このドキドキは、いったい……!」

「分っかんねぇ……! 心臓がもげそうだな……」

 立ち尽くす雫と光を手招いて、彼らは、夢の国に足を踏み入れた。

 中世イギリスにタイムスリップしたかのようなショッピング街を通り、彩の先導で、まずは「クローズショップ」と書かれた店に入った。店内には、洋服や、土産によさそうなハンカチ、ネクタイが並んでいるが、中でも一際目を引いたのは、キャラクターになりきれるカチューシャであった。

「はい、まずはカチューシャ選ぶよ!」

 彩の号令で、雫と光は陽を引っ張って、ワクワクといろいろなカチューシャを試しだした。

「これは、犬……でしょうか。どうですか?」

「おっ、いいじゃん! これは? 猿」

「坊ちゃんは絶対猫でいきましょう! あ、動物だけじゃなくてエイリアンもあるじゃん。イエーイ! 俺、エイリアーン!」

「いいですね、僕もエイリアンにします。色の違う方……どうでしょうか?」

 彩と姫は目星をつけていたのか、すぐに決めていた。赤いリボンのついた、白いうさぎの耳である。

 陽はキュンに耐えきれず、涙をこぼした。

「陽、どうしたの? 猫がいやなのかしら。しっくりきているのだけれど……」

 姫は、涙が止まらない陽に、犬やら、しまうまやら、なんだかよく分からないトサカのようなものやらをつけて試してやったが、やはり猫以上にしっくりくるものはなかった。

「斎王くんは、どれにするんですか?」

「竜はいつも、これなのよね」

 二人は、幼い時に家族ぐるみで何度か一緒に来たという。姫が迷わず手に取ると、竜は体をかがめた。姫が竜につけたのは、白い熊の耳だった。一瞬もやりとしたが、竜のカチューシャ姿を見たら、そんな気持ちは一気に吹き飛んだ。

 彼らは、一斉に笑った。いつもむっすりして、ひと睨みで相手をすくみあがらせる男が、かわいい熊さんになってしまった。

 光は腹を抱えて笑いながら、こっそり、ささっと、カチューシャを付け替えた。茶色い犬の耳である。

「ヒャーッ! 最高! 次、これつけてほしい!」

「うわ、ぜってぇ面白れぇわコレ! オッケー!」

 彩が、フリルのついたピンクの猫耳を光に渡す。光が付け替えようと伸ばした手を、竜は全力で薙ぎ払った。しばらく、攻防が続いた。

 大爆笑のカチューシャ選びが終わり、白うさぎ二匹、黒猫一匹、白熊一匹、エイリアン二体は、一つ目のフォトスポットに向かった。

 パリの噴水広場のような場所に、何体もの着ぐるみと、それらに集まる人々がいた。雫と光は、またもや目を輝かせた。

「ああ、なんてことでしょう! 僕たちがつけている、このエイリアンたちもいますよ! 様々な色の動物とエイリアンが共存する世界……興味深い!」

「くーっ! もう、我慢できねぇ! 行こうぜ!」

 走り出す二人に引きずられ、陽は四体のエイリアンの集合写真をスマホにおさめた。

 姫と彩も、白いうさぎの着ぐるみに駆け寄った。


 最後に、噴水の前で集合写真を撮って、彼らはいよいよ、アトラクションの方へ向かった。


 歩きながら、雫と光は、興奮が止まらなかった。歩けば歩くほど、目に入る世界は変わる。耐えない音楽、甘いだけじゃない、スパイシーないいにおい……。とても、五感が追い付かない。

「ああ、本当に……生きているって素晴らしい!」

「ほんっとにな!」

 両手を組んで天を仰ぐ二体のエイリアンを、彩は、「大袈裟だなぁ」と笑った。


 彼らは、一番人気のジェットコースターに並んだ。一二〇分待ちの表示に、陽と光は、「うへぇ」と変な声を出した。

「実は俺もはじめてだったんだけど、本当にこんなに並ぶんだなぁ……」

「陽、はじめてだったのね。今日は平日だからあまり混んでいなくて、土日は、三時間や四時間待ちになることもあるのよ」

 陽はまた、「うへぇ」と渋い顔をした。

 しかし、六人でいると、二時間はあっという間だった。いろんな組み合わせでツーショットを撮ったり、動画を撮ったり、彩のエスエヌエスを見たり、使い方を習ったり……。

 彩が、撮ったばかりのツーショットたちを、『この中で、正しいカップルの組み合わせはどれでしょう?』と投稿すると、コメントがぞろぞろと押し寄せてきた。

「クラスの奴からか?」

「うん、ほとんどそうだけど、知らない人たちからもコメント来たりするよ。コメントだけじゃなくて、いい投稿を評価したり、拡散したりもできるんだけど……。えっ、やばい! 好評価、もう一〇〇〇いっちゃった!」

「さすが彩ね。彩は、このエスエヌエスの有名人なのよ」

「いやぁ、半分以上姫ちゃんのおかげだよ」

 竜が腕を組んで、彩のスマホを上から睨んだ。

「あまりむやみに上げるな。変な奴らが来たらどうする」

「もう。ほんっと竜くんって、いっつも、何もかもに警戒してるよね。さっきもさ……ね!」

 彩がクックッと笑いをこらえて、姫の顔を覗き込んだ。姫も、クスッと笑う。

「フィッフィちゃんと撮る時、べたべたしすぎだ! って、引き剥がしに来てさ……! ぎゅーするくらい普通じゃんね!」

「着ぐるみの中身は基本的に男だ。あんなにべたべたするなんて、変な男に違いないだろう」

 雫と光は目を丸くして、顔を見合わせた。


 自分たちが抱き合ったのは、エイリアンではなくって、変な男……?


 いよいよ、ジェットコースターに乗り込んだ。彼らは六人だったので、一つの乗り物を貸し切った。

 陽が姫と一緒に乗りたい、と言うと、光がすかさず彩を誘い、一番後ろに雫と竜が乗り込んだ。

「落ちる時に写真撮られるから、いい顔してね」

「落ちるのですか? ジェットコースター……小説で何度か登場していましたが、一体どういう乗り物なのでしょう」

「ま、何が来ても余裕っしょ!」


 三十度の角度から落下した彼らの絶叫が、ドリームワールド中にこだました。


 雫と光は放心し、しばらくの間、ベンチでうなだれたまま、動けなかった。

「なぜ……なぜ鬼人の力は、夜しか使えないのですか……」

「分かる……。俺の風の力あったら、助かっただろ、絶対……」

 竜は、壁に寄りかかって、水を一口ごくりと飲んだ。

 姫は、陽の顔を覗き込んだ。

「陽は、大丈夫? はじめてだったんでしょう?」

「ああ、大丈夫……。姫は?」

「陽が隣にいたから心強かったわ」

 心がぎゅっとする。思わず、顔をぎゅっとすぼめた。本当は少し吐き気がしていたのだが、姫の一言で、一気に治った。

 彩がケタケタ笑いながら、落下中の写真を買ってきた。全員顔が崩れているが、竜だけ無表情だった。平気という様子ではなく、必死に耐えている様子が伝わって来て、またも彼らのつぼに入った。


 園内を散策していると、「ドリームファン」という雑誌のスタッフに声をかけられたり、「コーデ特集」の取材を頼まれたり、雫が見ず知らずの女性たちに写真を求められたりした。

 陽は、卒業式の、雫ファンクラブの行列を思い出し、もし雫がじっとしていたら、どのくらいの列ができるのだろう、と妄想していた。

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