七月中旬。武蔵市立武蔵高等学校。白い校舎は青空に包まれ、じりじりと熱い日射しに照らされている。学校中の教室が、静寂に支配されていた。焦りと、迷いと、願いと、熱と、ペンの音が入り乱れる、重く、刺々しい静寂に。
やがて、時計の秒針が、十二を指した時。
「やめ!」
声を合図に、ほっと安堵し胸を撫でおろす者、後悔で頭を抱える者のため息が混ざり合う。
そして、教員が、「これにて、終わり」と言うと、全校生徒、総勢一二〇〇人が、歓喜の雄たけびを上げた。
「やったぁ―!」
「終わったぁ―!」
四日間にわたる定期テストの最後をようやく迎えることができたのだ。どうして喜ばずにいられようか。
ガッツポーズを振り上げる者、どろどろに溶けて机にへばりつく者、一抹の不安を分かち合う者。
教室は一変して、賑やかな空気に包まれた。
「いやぁ―。本っ当に頑張ったぁ。すっきり! さぁて、スマホ解禁っと」
彩は、テストが終わるまで封印していたスマホの電源をつけた。
なじみのエスエヌエスを開いて、軽く目を通す。
一つ、目に留まったものにびっくりして、椅子の上で、ぴょんと跳ねた。
「わ! 姫ちゃん! 見て、これ!」
前の席にいた姫は、にっこり笑って振り向くと、彩のスマホを覗き込んだ。
「雫さんと息子さんのツーショットがあがってる! キャーッ! 生後六か月だって!」
「あら、可愛いわねぇ。雫さんって、江戸市第一病院の院長さんだっけ?」
「そうそう! あぁ、雫さん、めっちゃ顔いいわぁ。芸能人レベルだよね。きっと息子さんもイケメンになるんだろうなぁ」
「まぁ、彩の一番は伊達先生だけどね」
ちらり、と姫が教卓の方を見た。茶色い髪がつんつん立っている、体格のいい男性教師が、男子生徒数名に絡まれている。他の教員に比べて少しおチャラけているが、明るくて、よく話を聞いてくれる、熱血な担任だ。
彩は、本気で惚れていた。
「うん! 今回も社会めっちゃ聞きに行ったもん! テストって近づけるチャンスだよねぇ。この調子で頑張って、卒業したら絶対告る!」
「応援してるわ」
「私も姫ちゃんのこと、応援してるよ?」
彩はニヤリと笑って、姫の腕をつんつんとつついた。
「先輩への答え、どうすんの? 明日でしょ」
姫は、うつむいた。はらりと流れる栗色の髪から、真っ赤に燃える耳が覗く。
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