戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月13日(金) 20:00
文字数:2,264

 鬼として生を受けたが、人を苦しめることや破壊することに、興味はなかった。


 他の鬼たちは、人を苦しめたり、破壊したりすることを「面白い」と言っていた。

 自分は、欠陥品なのだろうか。何も、面白いと思わなかった。

 やがて、自分は何をしたら面白いと思うのかを探すようになった。


 貧しい農民になって瀕死の生活を経験したり、老中になって殿上人を陰で操ったり、画家になって人々から称賛を受けたり、江戸一番の花魁になって男たちを|誑《たぶら》かしたり。

 犬になって可愛がられたり、モグラになって土の中でじっと過ごしたり、鳥になって弱肉強食を勝ち抜いたり、蝿になってうまいものを求めたり。


 他の鬼に力を与えたのも、同じ理由だった。

 奴らが何か、自分には思いつかないような、面白いことをしてくれるのではないかと思った。


 死にかけの小さな鬼が、助けてほしいと足元に縋り付いてきたのは、二〇〇年ほど前のことだった。

 子ども向けの童話に、助けた鶴が恩返しをしてくれる、という話があった。

 それを思い出して、面白い恩返しを期待し、力を与えて助けてやった。だが、そいつは自分につきまとってくるだけで、何も面白いことをしなかった。


 こんなに退屈なら、死んでしまってもいいかもしれない。そう思ってふらっと、崖の上から飛び降りたこともあった。

 だが、鬼の体は、そんなことでは死ねなかった。他の四鬼や陰陽師に頼んでみようかとも思ったが、いろいろ考えているうちに、面白いことも知らないで死ぬのはもったいないかもな、と思うようになって、なんとなく生き続けることにした。


 退屈な日々が、永遠のように続いた。


 死ねないならいっそ、こんなに面白くもなんともない世界、壊してしまってもいいかもしれない。そう思ったタイミングで、シグレに声をかけられた。神宮団という組織に入り、鬼神が復活することに協力しないかと。

 面白ければいいか、と思い、はじめは協力をした。だが、やっぱり退屈になって、メイゲツを残すから抜けさせてくれ、と頼んでやめた。


 有名なスターになって世界中を飛び回ったり、美女になって街を歩いたり、浮浪者になって凍え死ぬような夜を何度も超えたり、会社員として普通に働いてみたり。


 繰り返し繰り返し、いろいろな人生を試してみたが、やっぱり何一つ面白いと感じることはなかった。



 ある時、フクロウになって木の影で寝ていると、人間の死体が見えた。中学生くらいだろうか。近くに、シグレがいた。

「シグレ。この体、もらっていいか?」

 翼をはためかせ、死体の上に降り立つフクロウを見て、シグレはため息をついた。

「カゲロウですか。またフラフラとして」

「まあ、いいじゃん。で、なんで殺したの? もらっていい?」

「彼は影宮家の人間。陰陽師の一族です。あなたも神宮団の一員だったのですから、覚えているでしょう。私は陰陽師さえいなくなれば構いません。あなたが陰陽師になるなどと馬鹿なことを言わなければ、好きになさい」

 カゲロウは、「分かった」と快諾し、その肉体と、一つになった。


 影宮 陽という少年は、陰陽道も剣道も才能がなく、かといって勉強も運動もできるわけではなく、見た目も平々凡々で、あまり目立たない子のようだった。仲の良いグループの中ではいじられ役。それはそれで楽しいようだ。なるべく自分の世界の外には目を向けない。目立たないように、地味に過ごすことを貫いていた。


 自分に自信がない子ども。

 なんとなく、似ている気がした。

 自分も、他の四鬼や鬼のような破壊を求める心がなく、自信がなかったから。


 影宮 陽は、今まで被ってきた奴らに比べて、なりきる必要が少なかった。

 そうして、なんとなく学校生活を過ごしてみた。

 退屈だが、気楽と言えば気楽か。

 このままなんとなく成長していってみるのも、悪くないかもしれない。

 そうぼんやりと考えながら、手を洗っていた時だった。ふと、隣の手に目が留まった。


 ――きれいな手だ。


 どきり、とした。

 こんなに大きく心臓が跳ねたのは、五〇〇年生きてきて、はじめてだった。

 目を上げると、横顔のとてもきれいな少女が、隣にいた。

 頭のてっぺんが、かぁっと熱くなった。心臓が早くなっていく。


 どうにかして、手に入れなければ、と思った。


 気付いたら、小さな滝に手を伸ばし、濡れた手を、握りしめていた。


 姫がうなずいてくれた時は、心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいに嬉しかった。

 一緒にいて、話をして。時々、肩がぶつかりそうになるのにさえ、ドキドキした。

 変なことを言ったりして、嫌われるのが怖かった。

 なかなか続かない話が、もどかしかった。

 真正面で向かい合うと、恥ずかしくて心臓がかゆくなった。


 全部、影宮 陽としてではなく、カゲロウ自身の気持ちだった。

 手をつないで、キスをして、「どんな姿でも好き」――そう言ってくれて。

 自分が――カゲロウ自身が受け入れられていること、愛されていることを感じて、温かさがぶわっと心に広がるような、満たされた気持ちになった。

 自分の心がこんなに激しく動くなんて、信じられなかった。

 面白い、なんてものじゃない。

 幸せだった。生きていてよかったと、心の底から思った。

 この幸せをずっと、ずっと感じていたい。

 だから、姫の傍にいたい。そう思った。いや、そう思っている。


 だが、竜が、邪魔だった。


 竜は、自分より長く、近く、姫の傍にいる存在だった。

 そして、姫のことを好きでいるのは明確だった。


 姫が奪われる。この幸せが奪われてしまう。


 そう思うと、心の中に、暗雲が立ち込めた。


 いなくなってしまえばいいのに。そうすれば、ずっと幸せでいられるのに――。

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