陽は、走っていた。唯一頼れる、姫のもとへ。裏庭のびわの木をしなやかに駆け登る。
見回すと、幸い、暑さのためか、二階の角部屋の窓が少し開いていた。
部屋に入ると、甘く、優しく、花のような、姫の香りがした。姫の寝顔が、月に照らされる。
「姫! 姫! 起きて! 起きてくれ!」
ベッドに上がるのは忍びなかったが、四の五の言ってはいられない。陽は耳元で思い切り叫んだ。
「……ん……? 陽の、声……?」
ぼんやりと枕元のスマホを触ると、画面に時間が表示される。
午前三時。メッセージの通知も来ていない。
「姫!」
顔先に現れた姿に、姫はびっくりして悲鳴を上げた。
ドキドキする胸を押さえて、もう一度、その姿を見る。
「その声……陽、なの?」
そこには、黒く、小さな、黄金の目をした、
――猫がいた。
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