戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

六【了】

公開日時: 2020年11月19日(木) 20:00
文字数:878

 新武蔵駅から、武蔵駅に向かう。


 電車を降りて、横断歩道を渡って、通い慣れた住宅街を歩く。


 二人の家が見えてきたところで、カフェを出たきり黙りこんでいた姫が、「もし私が先輩と付き合ったら、一緒に帰るの、今日で最後ね」とつぶやいた。


 胸が、つんと痛くなった。


公園の前で、どちらともなく立ち止まった。


「久しぶりに、四つ葉のクローバー探したいわ。天気もいいし」


 見上げると、薄青い空が広がっていた。

 まだ若い蝉の声が、伸びていく。


 二人は公園に足を踏み入れ、肩を並べて、クローバー畑にしゃがみこんだ。

 白い指が、一つ一つ丁寧に、小さな葉の重なりを確かめていく。


 竜は、日射しに温められ、乾いた土を触った。青臭いにおいが鼻をつく。


 なんとなく右に視線を移すと、四つ葉のクローバーが生えていた。

 根元から摘み取り、姫に差し出す。

 姫は、「ありがとう」と受け取った。


 両手で四つ葉を包み込み、目をつむって、姫は願った。






「竜が、幸せになりますように」






 竜は、息を呑んだ。

 紫色のほのかな灯りの中で、暗闇に溶けるクローバーを探した、あの夜が脳裏をよぎった。


 あの夜が、繰り返される気がした。


 姫が幸せならば、苦しくたっていい。

 そう思いながら、果てしない痛みに耐えた、あの夜が。

 体がねじ切れてしまいそうで、いっそ、ねじ切れてしまえばいいとさえ思った、あの夜が。



 ――いやだ。



 姫が幸せなら、それでいい。苦しくたっていい。死んだっていい。

 それは、嘘じゃない。本当の気持ちだ。



 だが――。



 少しだけ、自分の幸せに、手を伸ばしてみたくなった。



 姫の両手を、大きな両手で、やさしく包んだ。



「その告白を、断ってくれ」



 他の男と話しているのも、並んで歩いているのも、笑っているのも。

 電話をしているのも、手をつなぐのも、キスをしているのも。

 自分じゃない誰かに幸せにされていると思うと、本当は、とてもいやだった。



 自分が、幸せにしたい。

 人生に、永遠の幸せがないとしても。

 どんな不幸が、何度降ってくるとしても。

 その不幸から守って、支えるのは、ずっとずっと、自分でありたい。



 竜は、穏やかに微笑んだ。












「大人になっても、ずっと一緒にいてほしい」













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