新武蔵駅から、武蔵駅に向かう。
電車を降りて、横断歩道を渡って、通い慣れた住宅街を歩く。
二人の家が見えてきたところで、カフェを出たきり黙りこんでいた姫が、「もし私が先輩と付き合ったら、一緒に帰るの、今日で最後ね」とつぶやいた。
胸が、つんと痛くなった。
公園の前で、どちらともなく立ち止まった。
「久しぶりに、四つ葉のクローバー探したいわ。天気もいいし」
見上げると、薄青い空が広がっていた。
まだ若い蝉の声が、伸びていく。
二人は公園に足を踏み入れ、肩を並べて、クローバー畑にしゃがみこんだ。
白い指が、一つ一つ丁寧に、小さな葉の重なりを確かめていく。
竜は、日射しに温められ、乾いた土を触った。青臭いにおいが鼻をつく。
なんとなく右に視線を移すと、四つ葉のクローバーが生えていた。
根元から摘み取り、姫に差し出す。
姫は、「ありがとう」と受け取った。
両手で四つ葉を包み込み、目をつむって、姫は願った。
「竜が、幸せになりますように」
竜は、息を呑んだ。
紫色のほのかな灯りの中で、暗闇に溶けるクローバーを探した、あの夜が脳裏をよぎった。
あの夜が、繰り返される気がした。
姫が幸せならば、苦しくたっていい。
そう思いながら、果てしない痛みに耐えた、あの夜が。
体がねじ切れてしまいそうで、いっそ、ねじ切れてしまえばいいとさえ思った、あの夜が。
――いやだ。
姫が幸せなら、それでいい。苦しくたっていい。死んだっていい。
それは、嘘じゃない。本当の気持ちだ。
だが――。
少しだけ、自分の幸せに、手を伸ばしてみたくなった。
姫の両手を、大きな両手で、やさしく包んだ。
「その告白を、断ってくれ」
他の男と話しているのも、並んで歩いているのも、笑っているのも。
電話をしているのも、手をつなぐのも、キスをしているのも。
自分じゃない誰かに幸せにされていると思うと、本当は、とてもいやだった。
自分が、幸せにしたい。
人生に、永遠の幸せがないとしても。
どんな不幸が、何度降ってくるとしても。
その不幸から守って、支えるのは、ずっとずっと、自分でありたい。
竜は、穏やかに微笑んだ。
「大人になっても、ずっと一緒にいてほしい」
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