戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

十一

公開日時: 2020年11月16日(月) 20:00
文字数:476

 憎しみが、おさまらない。


 もうない体に、ただの砂に、ただの土に。青い切っ先を、深く、深く、めり込ませる。


 こんなに憎い魂の塵に、この願いを叶えさせたくない。


 右手に吸い込まれるこの砂を、一粒残らず、永遠の苦しみを味わわせて消し去ってやりたい。


 肩が荒く息をする。体が、痛い。呼吸が、苦しい。



 憎い、憎い、憎い、憎い――。







 ふっと、目の中が白くなった。







 ――背中が、温かい。


 見なくても、分かった。姫が、竜の傷を埋めるように、やさしく、頬をくっつけている。

 |泡沫《うたかた》を抱きしめるように、細い腕が、竜の体を包み込む。心の奥に、温もりが染みていく。


 深く息を吐いて、竜は、願った。




 ああ、やっぱり――咲いてくれ。




 今感じている幸せを、今までもらった幸せを、全部、全部、返してあげたい。

 今でなければ、だめだ。

 こんなにいとおしい人に、深い傷を負ったまま、苦しみを抱いたまま、生きてほしくはない。

 自分の魂だって、体だって、心だって、世界だって、いくらでも喰べて構わない。


 だから、どうか、咲いてくれ――。





 赤い蕾から、無数の花びらが開いた。

 それは、赤く、小さな、シロツメクサだった。

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