姫は、腕の中で静かに沈む陽の姿に目を凝らした。暗闇に溶け込んでしまった黒い体は、どんなに時間が経って目が慣れても、瞳に映ってくれなかった。
ひとりぼっちになってしまったような苦しさが、胸の奥に流れた。
陽の言葉から、心を探す。自分が紡ぐべき言葉を探す。
あっているのか、分からない。それでも姫は、こくん、と息を呑んだ。
「……陽。ごめんなさい。私、陽を、いやな気持ちにさせてしまっていたわ。たとえ姉弟でも、陽の前で、あんな風に、手をつないだりしてしまって……」
沈黙が流れる。真っ暗な、沈黙。体中が、冷たくなる。一秒が、永遠のようになる。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
すっと息を吸い込む音が、沈黙を割った。
「……俺こそ、ごめん。姫と斎王が姉弟ってのは分かってる。だから、そんなはずないのに……。それでもやっぱり、あいつに姫を奪われるような気がしちゃったんだ。俺がこんな姿で、姫と手つないだりできないっていうのもあるんだけど。ほんとは俺がしたいのに、あいつはそれを、全部奪っていく。だから、なんかすごくもやもやして……。こんなこと言ったら、呆れられるかもしれない。けど……俺、弟だろうと何だろうと、姫を、とられたくないんだ! 誰にも、とられたくないんだ!」
黄金の閃光が、姫の瞳にまっすぐ差し込む。姫はようやく、陽の姿が見えた気がした。
「私のこと、そんなに強く想っていてくれたのね。ありがとう。とっても嬉しい」
暗闇の中なのに、姫の微笑みが、はっきりと映った。日だまりが差し込んでいるようだった。
黒くなった心が丸ごと、受け入れられたような気がした。
「私、陽の気持ちを考えられていなかった。不安な気持ちにさせてしまって、ごめんなさい。でもね。どうか、私の気持ちを信じてほしいの。私は……」
言葉の先を求めるように、陽は首を上げた。
姫の心の奥から、やさしい声があふれた。
「――私は、陽に、恋をしているの」
心の中に、天使のはしごが降り注ぐ。幸せな気持ちで、心が、体が、満たされる。
――ああ。姫が、好きだ。
きらめきでいっぱいになった黄金の瞳を細くして、陽は、声を震わせた。
「……あの、さ。姫のこと、教えてくれないか。昔の話とか、斎王とのこと、とか……」
本当はまだ、少し怖い。でも、聞きたい。聞けば、きっと今より、お互いを好きになれる。
もっと近くなりたい。ずっと一緒にいたい。
小さな足を、前に――姫の腕に、踏み出す。
姫は、陽を大切に抱きしめた。そしてゆっくり、言葉を紡いだ。
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