戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

十三

公開日時: 2020年10月24日(土) 20:00
文字数:1,024

 姫は、腕の中で静かに沈む陽の姿に目を凝らした。暗闇に溶け込んでしまった黒い体は、どんなに時間が経って目が慣れても、瞳に映ってくれなかった。

 ひとりぼっちになってしまったような苦しさが、胸の奥に流れた。

 陽の言葉から、心を探す。自分が紡ぐべき言葉を探す。

 あっているのか、分からない。それでも姫は、こくん、と息を呑んだ。

「……陽。ごめんなさい。私、陽を、いやな気持ちにさせてしまっていたわ。たとえ姉弟でも、陽の前で、あんな風に、手をつないだりしてしまって……」

 沈黙が流れる。真っ暗な、沈黙。体中が、冷たくなる。一秒が、永遠のようになる。


 どのくらい時間が経ったのだろうか。


 すっと息を吸い込む音が、沈黙を割った。

「……俺こそ、ごめん。姫と斎王が姉弟ってのは分かってる。だから、そんなはずないのに……。それでもやっぱり、あいつに姫を奪われるような気がしちゃったんだ。俺がこんな姿で、姫と手つないだりできないっていうのもあるんだけど。ほんとは俺がしたいのに、あいつはそれを、全部奪っていく。だから、なんかすごくもやもやして……。こんなこと言ったら、呆れられるかもしれない。けど……俺、弟だろうと何だろうと、姫を、とられたくないんだ! 誰にも、とられたくないんだ!」

 黄金の閃光が、姫の瞳にまっすぐ差し込む。姫はようやく、陽の姿が見えた気がした。

「私のこと、そんなに強く想っていてくれたのね。ありがとう。とっても嬉しい」

 暗闇の中なのに、姫の微笑みが、はっきりと映った。日だまりが差し込んでいるようだった。

 黒くなった心が丸ごと、受け入れられたような気がした。

「私、陽の気持ちを考えられていなかった。不安な気持ちにさせてしまって、ごめんなさい。でもね。どうか、私の気持ちを信じてほしいの。私は……」

 言葉の先を求めるように、陽は首を上げた。

 姫の心の奥から、やさしい声があふれた。


「――私は、陽に、恋をしているの」


 心の中に、天使のはしごが降り注ぐ。幸せな気持ちで、心が、体が、満たされる。


 ――ああ。姫が、好きだ。


 きらめきでいっぱいになった黄金の瞳を細くして、陽は、声を震わせた。

「……あの、さ。姫のこと、教えてくれないか。昔の話とか、斎王とのこと、とか……」

 本当はまだ、少し怖い。でも、聞きたい。聞けば、きっと今より、お互いを好きになれる。


 もっと近くなりたい。ずっと一緒にいたい。


 小さな足を、前に――姫の腕に、踏み出す。

 姫は、陽を大切に抱きしめた。そしてゆっくり、言葉を紡いだ。

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