戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年10月28日(水) 20:00
文字数:852

 奥底に沈む、意識の中で。竜は、業を煮やし始めていた。蒼龍の、がむしゃらで一方通行な攻撃に、ライゴウは幾重もの盾を用意して対抗し、余裕を見せ始めている。


 苛立たしい。こんなことをしている場合ではない。こんな奴はどうでもいい。

 自分は、姫のために来た。

 この体も、この力も、全部、姫のためにある。

 行かなければ。今すぐ。

 今すぐ、姫を、守るために――!

 

 遠い意識の先へ、強く、手を伸ばす。


 その時。


 全身を満たしていた蒼龍の力が、さっと引いていくのを感じた。体の感覚が、意識が、はっきりと戻ってくる。気が付くと、太刀に巻き付く白い煙に、確かに、うろこが浮かんでいた。


「つまんないなあ。もうそろそろ、首の骨折っちゃうね?」

 ライゴウが、指を動かす。ガチャガチャと金属音が鳴る。そして、鋭い爪を伸ばし、まっすぐに突っ込んできた。

「蒼龍!」

 竜の声に呼応して、白い煙が、蒼龍の姿を成した。巨大な口が、無数の牙が、ライゴウを嚙みくだこうと襲い掛かる。ライゴウは一瞬、白い顔をひるませたかに見えたが、蒼龍の口の前に分厚い金色の壁を建て、瞬きのうちに竜の目前に詰め寄った。

 薙ぎ払った青い刃が、ライゴウの籠手とぶつかる。全力で押し込んでくる竜を、少女の鼻が嘲笑う。


 金鬼ライゴウは、どんな攻撃も跳ね返す、鉄壁の守りを誇る。

 蒼龍の浄化の力も届き切らぬほど、濃い守りの力が、奴の身から放たれている。


 だが、それは、蒼龍の力をまとった太刀が、届ききらなかっただけのこと。

 本物の蒼龍の浄化の力を前に、金鬼の盾など、薄氷にすぎない。


 ライゴウの背後から、蒼龍が猛った。

 一瞬のうちに、ライゴウの体に巻き付き、黄金の鎧を浄化する。

 鎧が溶け、身動きも取れない。焦燥と絶望に染まる、ただの女子高生になっていく。

 竜は、ふっと力を抜いて体をかがめると、するりと回転し、ライゴウの腹部を斬り裂いた。

 黄色い絶叫が耳をつんざく。少女の体が、みるみる砂になっていく。


 砂に追いかけられながら、竜は、がらんどうの玄関に走った。

 炎はいつの間にか森に流れ、暗闇を赤々と覆い尽くしていた。

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